仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

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幽霊タクシー

やっぱり使えない

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「此処です、先生。
 此処に血が」

 支配人の部屋は二間続きの和室だった。

 なるほど。
 畳の上に血が滴っている。

 お前鑑識か、という勢いで、菜切が説明してくれていた。

「乾いてるな」

 晴比古がしゃがんでその血を見下ろすと、
「警察を呼びましょうよっ。
 支配人、此処で殺されたんですよ、きっとっ」
と廊下から覗いていた此処の従業員の若い女が叫び出す。

 ネームプレートには持田もちだと書いてあった。

 なかなか可愛らしい顔をしているが、ちょっとやかましい。

「殺されたかなんてわからないじゃない、持田さん」
と菜切がそちらを見て言っている。

「じゃあ、なんで、血が落ちてるんですかっ」

「持田さん、落ち着いて」
と昨日、菜切が話していたフロントの美人が割って入ってきた。

 水村みずむらというらしい。

「だって、支配人、いい噂聞かないですもん。
 きっと殺されたんですよ。

 ねえっ?」
と持田は、こちらを見てくる。

 いや、ねえ、と言われても……。

「支配人、殺されてたの?」

 廊下に居る持田たちの後ろからそんな声が聞こえてきた。

 なんだかもう勝手に殺されたことになってるな、と思いながら、
「おい、警察。
 警察を呼べ」
と此処は管轄外の志貴に言うと、志貴は、

「110番なんて誰にでも出来るじゃないですか」
と言いながら、スマホから連絡してくれた。

「……でもこれ、事件じゃなかったらどうするんですかね?」

 志貴は、なんだなんだ、と野次馬まで集まっている廊下を見ながら、言う。

「テーブルで向こう脛でも打って、血が出て、何処かでのたうち回ってるだけかもしれないのにな」

 リアルに想像してみたらしい志貴が痛そうな顔をする。

「でもまあ……。
 心配するな、きっと事件だ」

 そう言い晴比古は立ち上がった。

「菜切」
「はい」

「昨日のジジイのところに連れていけ」
 えっ? と菜切は言う。

「お前、客待ちだったんだろ?」
 客だ、と晴比古は言った。

「俺は此処の仕事は頼まれてないからな」
 ええーっ、そんなっ、と菜切は声を上げる。

「大丈夫だ。
 こいつを置いていくから」
と晴比古は志貴を前に突き出した。

「超・優秀な刑事だ」

「あ、刑事さんだったんですか」

「なにが、超ですかっ。
 僕は此処、管轄外ですよ、先生っ」

「此処の警察に説明くらい出来るだろ。
 やらないのなら、夕べ、姿を消していたお前が犯人だと証言するぞ」

「なんの犯人ですか。
 まだ事件かどうかも……」

「行くぞ、深鈴」

「いや、深鈴は置いてってくださいよっ」
と叫ぶ志貴を置いて、晴比古は、さっさと出て行った。



「超・イケメンを置いていったから、女子従業員は満足だろう」

 タクシーの後部座席でそう言った晴比古に、仕方なくついてきた深鈴は、

「超・優秀な刑事じゃなかったんですか。
 っていうか、超ってなんですか」
と言って苦笑いしている。

 そのうち、道路から、高台にあるじいさんの家が見えてきた。

 じいさんは外に出て、誰かと話しているようだ。
 じいさんの前に居るのは、何処かで見たような人影だ。

「あの印象と気配の薄さは幕田じゃないのか?」

 晴比古が目を細めて見ながらそう言うと、

「どんな見分け方ですか」
と深鈴は笑っていた。



「深鈴さんっ」
と相変わらず嬉しそうに幕田が自分たちを出迎えた。

 いや、嬉しそうなのは、深鈴を見たからか。

「なにしに来た、幕田」

 タクシーを降りながら晴比古がそう言うと、
「なにしに来たって、様子見に来たんですよ。
 先生に丸投げしてちゃ悪いかと思って」

 僕、今日、休みなんで、と言うので、
「お前は志貴か」
と言ったあとで、

「ちょうどいい。
 俺たちの泊まっていたホテルで事件だ。

 行け」
と言う。

「えっ? 事件ですか?

 ……って、此処、僕の管轄じゃないですよ。

 っていうか、やっぱり泊まったんですか?
 深鈴さんとですか?

 大丈夫ですか、深鈴さん」
と深鈴の手を取ろうとするので、代わりに自分が幕田の手を取った。

「よし、お前が犯人だ。
 捕まりに行け」
と真顔で言うと、

「いや、そもそも、なんの事件なんですか。
 そして、僕、今、此処に来たんですよっ?」
と言ってくる。

「なにかのトリックかもしれん」
「トリックなんて考えつくような頭は僕にはないですっ」

「それもそうだな」
と素直に認めると、幕田は、ええっ? と言う。

「いや、お前の場合、トリックなどいらないな。
 その印象に残らない気配の薄さで誰の目にも止まらず、移動できる」

 ある意味、最強だな、と晴比古は言った。

 もう一度、幕田の手を握り、
「間違いない。
 犯人はお前だ。
 行け」
と言うと、

「もう~っ。
 なんなんですかっ。

 なんで僕を追い払いたがるんですかっ。
 さては、なにか隠してますね~っ?」
と文句を言ってくる。

 ちょっとヒヤリとしていた。

 そりゃ、お前が無駄に勘がいいからだ……と思っていた。

 なんにも考えてないくせに、幕田は実に勘がいい。

 根拠もなしに犯人を言い当てることもあるのだが。

 状況がわかっておらず、根拠もなしに言っているだけなので。

 こっちが静かに追い詰めようとしているときに、いきなり、
『さては、貴方が犯人ですねっ』
とか言い出して、犯人に逃げられたり、警戒されたりしてしまう。

 あまり一緒に動きたくはない人間だ。

 深鈴に言わせれば、
『先生と違って、幕田さんの正解率は低いですし。
 動機も理由もわからないのは先生と一緒だし。

 結局、私が推理しないといけないので、使えない人材だと思いますが。

 ……探偵事務所の助っ人としてはですが』
と言うことになる。

 まあ、刑事としては、ぼちぼち使えているようだが。

 このままずっと付いて回るとか勘弁して欲しいんだが、と晴比古は思っていた。


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