仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

文字の大きさ
15 / 79
幽霊タクシー

まさか、全部ネタなんじゃ……

しおりを挟む

「おお、ハルさん」
とジジイが立ち上がる。

「元気かの。
 ありがとう。

 いい探偵さんを紹介してくれて」

 これが幕田のばあさんか、と気がついた。

 ばあさんと言っても、まだまだ若い。
 まあ、幕田も若いからそんなものかと思った。

「私はまだ死にかけてない。
 そこのくたばりぞこないより、金もある」

「ハルさんの毒舌、若い頃のままじゃ。
 ゾクゾクするのう」

「なんだ、この変態ジジイとババアは」
と晴比古が言うと、幕田が、

「すみません。
 うちのおばあちゃんまで、ひとくくりにしないでください」
と言ってきた。

「おかしいのは、定行のおじいちゃんだけです。
 この年になっても女好きで」

 そういえば、深鈴には草引きさせずに一緒にお茶飲んでたな、と気づく。

「いいんじゃ、ハルさん。
 先生、冗談じゃ。

 わしは金は持っとる。
 傷痍軍人だからの」

 ハルはふん、と鼻を鳴らして言った。

「どっちでもいい。
 この村で殺人事件とか、もう充分じゃ」

「もう……?」

「先生。
 余計な詮索はせんでええ。

 やるのか?
 やらないのか?」

 眼光鋭い幕田の祖母が自分を見据える。

 ひっ、と思った。

 幕田、このばあさんの血を一滴も引いてねえな。
 存在感ハンパねえ。

「先生、先生。
 宿代だけで、今月の予算オーバーですっ」
と深鈴が袖を引いてくる。

「わ、わかってる。
 だが、事件を引き受けるのはいいが、年寄りから、あんまり金を貰うのは……」

「私は年寄りではない」
と幕田のばあさんは言う。

 さ、さようでございますね、と思いながら、
「わかりました。
 では、とりあえずお引き受け致します。

 でも」
と晴比古は、一応断りを入れた。

「……どんな結果になるかわかりませんが」

 幕田の祖母は、うむ、と頷く。

 こええよ、何処の女帝だよ。

 着てるものは、普通のおばさんの服だが、威厳がありすぎる。

 晴比古の視線を感じて、幕田が言う。

「おばあちゃん、昔、校長先生やってたんです。
 定年してからも働いて……」

 チラと祖母に見られただけで、幕田は黙った。

 慕ってもいるようだが、やはり、怖いばあさんのようだった。

「先生、まだ此処におるかね」
「いや、そろそろ」

 宿の方もやるとなると、一度帰った方がいいかと思い、そう言うと、
「そうか。
 じゃあ、急いで持ってこよう、おはぎを」
と言って戻っていった。


 帰りのタクシーは、幕田も同乗することになり、男二人に挟まれたくないのか、深鈴は助手席に行ってしまった。

 菜切がちょっと嬉しそうだ。

「幕田。
 お前のばあさん、名前は春子か?」

 あのジジイ、確か、ハルさんと呼んでたな、と思い、訊いてみる。

「片仮名で、ハルです。
 HALとか年賀状とかには書いてましたかね」

 なんとなく、あのばあさんらしいな、と思ってしまった。

「元気なばあさんだな。
 いや、ばあさんと呼ぶには若いか」

「そうですね。
 昔の漫画とか見ると、孫の居る世代って、すごい年寄りに描いてあるけど。

 いまどきは、全然若いですよね」

 そのとき、助手席に座って、前の道を眺めていたせいか、ふいに深鈴が訊いていた。

「そういえば、菜切さん。
 例の幽霊が出る通りって何処なんですか?」

「幽霊っていうか。
 ただの、晴れでも傘を持っていて、居なくなったあとに、ぐっしょり座席が濡れてるだけの人ですけどね」

 人には幽霊話だと語りながらも、それは単に客を盛り上げるためなのか。

 実際には、自分が霊を乗せたとは認めたくないらしく、菜切はそんなことを言ってくる。

「そういえば、座席に置いてあった傘はどうなったんだ?」

「触るのも気味悪かったんですけど、置いておくのも嫌なので、確か、タクシー会社の傘立てにさしましたよ」

 そのあとどうなったかは知りません、と言う。

「その客、シートベルトしてなかったんだろ?
 後部座席とは言え、怪我しなかったのかな?」

「幽霊が怪我しますか?」
と幕田が余計な口を挟んでくる。

「幽霊とは限らないだろ。
 菜切は、乗ってきたときは、生きた人間だと思ったんだろ?

 じゃあ、生きた人間だったが、事故に遭って、こりゃ、このタクシーは危ない、と思って逃げ出したんだよ」

「でも、他に家とかない場所なんですよ」
と菜切が異を唱える。

「事故したばかりの人間が逃げ出しますかねえ。
 怪我してるかもしれないのに」
と言う菜切に深鈴が言った。

「なにかまずい仕事とかしている人で、警察が来たらヤバイと思って、逃げ出したとか?」

 うーん、と菜切は唸っていた。

「普通のおじさんに見えましたけどねえ」

 そう言ったあとで、苦笑いし、
「あの、みんなには霊ってことで。
 客受けのいいネタなんで」
とバックミラーでこちらを見ながら、言ってきた。

 調子よく言ってくる菜切の言葉に、
 まさか。
 よく聞く幽霊タクシーの話って、全部ネタなんじゃないだろうな……と思ってしまった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...