仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

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幽霊タクシー

兄貴っ!

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 宿に着いた幕田は知り合いの刑事が居たらしく、そっちに行って話を聞いてくると言った。

 菜切はタクシーを止め、
「大変でしたねー」
と言いながら、フロントの女性たちと楽しそうに話している。

 ……いや、仕事しろ。

 そのとき、志貴が奥から現れた。

 初めて志貴を見た幕田は、驚いたように振り返り、見ている。

 そんな人の反応には慣れっこな志貴は気にするでもなく、
「深鈴」
と彼女に呼びかけたあとで、

「先生、仏像の方はどうでしたか?」
と訊いてきた。

「いや、それが、こっちの事件をやれと向こうで依頼されて、追い返された」

「なんでですか?」

「昔の殺人事件がどうとか言ってたな。
 そっちはなにか……」

 進展あったか、と訊こうと思ったのだが、何故か側に幕田が張り付いてくる。

「あの、先生、その方は?」

「ああ、こいつは……」
と説明しかけ、いつの間にか、志貴側に立っている深鈴に、何故、こっちに立たない、とどうでもいいことで腹を立て、つるっとほんとのことを言ってしまう。

「……深鈴の彼氏だ」

 えええええっ!?
 幕田の悲鳴に、菜切たちも刑事たちもみな振り返る。

「何故ですかっ!」
「いや、何故ですかって、お前、おかしいだろう」

 今の言葉への問いかけとして。

「せ、せめて先生だと思ってました。
 深鈴さんの彼氏」

 せめて先生ってなんだ……? と思っていると、
「せめて先生なら、まだ付け入る隙もあったのにっ」
と幕田は嘆き始める。

「帰れ」

 晴比古が、うるさい幕田の首根っこを掴んで、外に出そうとしたとき、

「兄貴っ!」
とロビーに響き渡る声がし、志貴がぎくりと振り返る。

 なんかすごい格好の奴が来た……。

「俺、もう上がりっすー。
 なにかお手伝いしますっ、兄貴っ」

 茶髪に近い髪の色で、やけにガタイがいい。

 紫のシャツの背には何故か昇り竜が居るようだ。

 何故、昇り竜……。

 この手の人たちは縁起を担ぎたがるのだろうか。

 胸許の金の鎖も水晶のブレスレットもなんとなく運気が上がりそうだ。

「あー、西島。
 別にスーツで出勤しろとは言わないが……」
と言いにくそうにフロント近くに居た男が言う。

「あの人は?」
と幕田が訊いてきた。

「副支配人じゃなかったか?
 確か、新田一史にった ひとし、四十五歳」

 すごく男前という訳ではないが、小綺麗にしている恰幅のいい男だ。

「副支配人ということは、犯人じゃないですかね?」
と小声で幕田が囁いてくる。

「支配人になりたくて殺したんです。
 二時間サスペンスなら、大抵そうです」

「お前、本人前にして、なに言ってるんだ……」

 幾ら小声でも、これだけ近ければ、丸聞こえだ。
 新田はこちらを見て、苦笑いしている。

「ところで、兄貴って誰だったんですか?」

「……志貴なんじゃないか?
 なんか絡まれてるから」

 西島俊哉は、服装に対する新田の忠告も、
「なにしましょうか、兄貴っ」
と仔犬のように志貴にまとわりついて聞いていない。

 新田は溜息をついて、行ってしまった。

「おい、志貴。
 幕田じゃないが。

 なんだこの、二時間サスペンスなら、すぐに殺されそうな下っ端は?」
と言うと、志貴が、

「失礼じゃないですか、先生。
 彼、先生より年上なんですよ」
と言ってきた。

 ええっ? と晴比古は俊哉を二度見する。

「兄貴っ。
 この人、兄貴の舎弟ですか?」
と俊哉が志貴に訊いていた。

「……朝とか見なかったの?
 探偵の阿伽陀晴比古先生だよ」

 ああ、と俊哉は笑い、
「探偵って、ほんとに居るんすね」
はなはだ失礼なことを言ったあとで、

「阿伽陀って、酒のことっすよね」
と言ってくる。

「よく知ってるな」

 阿伽陀は不死の妙薬のことだが、そこから転じて、酒のことも意味する。

「まあ、酒も薬ってのもわかんなくもないすけど。

 じっちゃんが言ってました。
 人はなんでも自分に都合のいいように解釈するもんだって」

 おや。
 見た目と言動はあれだが、中身はそうおかしな奴ではないらしいと晴比古は気がついた。

「ふうん。
 じいさんがね」
と晴比古がちょっと微笑ましく呟くと、

「俺、じっちゃんっ子なんで」
と俊哉は、ちょっと照れたように笑う。

「お前のじいさんって……」

 今、なにやってんだ? と訊こうとした。
 こいつのじいさんって何歳くらいだろ、と思ったからだ。

 さっきの意外に若い幕田の祖母を思い出したからだろう。

 そのとき、いつの間にか側に来ていた菜切が小声で言ってきた。

「国会議員の西島英晴ひではる先生です」

 そういえば、テレビで名前を聞いたことがある。

「……この孫はヤバくはないのか?」

「いや……格好があれなだけなんで」
と菜切も言う。

 確かに気性は悪くなさそうだが、と眺めていると、菜切が言ってきた。

「あれで素直なんで。
 顔も悪くないし、女性たちにはマスコットキャラみたいに扱われてます」

 なるほど、と晴比古が思ったまさにその瞬間、

「西島くん、さっき羽柴さんがくれたお菓子あるよー」
 お茶においでーと、と掃除のおばちゃんが俊哉に声をかけていた。

「ありがとっす。
 先生、兄貴、とそこの人たちも一緒にどうっすか?」
と言う俊哉の言葉に、おばちゃんが、こちらを見、

「あら、こりゃまた、二人とも男前だねー」
と豪快に笑う。

 なんか捕って食われそうなので、遠慮した。



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