仏眼探偵II ～幽霊タクシー～

昔の事件

もう一泊此処にですか

　志貴から自分たちが居ない間の話を聞いていると、
「先生」
と菜切がフロントから戻ってきた。

「今夜も泊まられるんでしょ？
　じゃ、宿泊客はタダだから、風呂入りませんか？」
となにかチケットのようなものを手に言ってくる。

「なんだそれ」

「また買わされちゃって。
　此処の日帰り入浴券」

　振り返ると、フロントの女性たちが愛想よくこちらを見ている。

「なんか……いいように使われてるな、お前」



　結局、菜切に付き合い、晴比古たちは風呂に入ることになった。
　まあ、話は何処ででも出来るからだ。

「もう一泊此処にですか」
と志貴が呟く。

「お前、仕事があるんなら帰っていいぞ」
と晴比古が言うと、

「それはまだ大丈夫なんですけど。
　今、ちょうど暇だし、有給もありますし」
と言う。

　いいな。
　有給とかって。

　俺が休んだときも、誰か給料くれればいいのに。

　そんなしょうもないことを考えながら、晴比古はみんなと風呂へと続く広い廊下を歩く。

　他はかなりリニューアルしてあるが、床の絨毯は古いものだ。
　これはこれで味があるが。

「そうだ。
　さっき、幕田の婆さんが妙なことを言ってたな」

　いきなり話を振られ、へっ？　と後ろに居た幕田が妙な声を出す。

「以前にもあの村で、殺人事件があった風だったが」

　えー、と幕田は眉をひそめ、
「知らないですね～。
　そもそも、僕、普段は此処、住んでないですし。

　子どもの頃はよく来てましたけど。
　子どもって、そんな話大人がしてても、聞いてないじゃないですか」
と言う。

　聞いてなさそうだな……。

　大人が深刻に話していても、空気を読まずに、卵から孵かえった小カマキリとかぶちまけそうだ、こいつ、と思いながら、幕田の顔を眺めていると、前から副支配人がやって来た。

「お風呂ですか？」
　ごゆっくり、と微笑んでくる。

「新田さん」
と晴比古は呼び止めた。

「ちょっと伺ってもいいですか？
　昔、この辺りで殺人事件ってありましたか？」

「殺人事件？」

　訝いぶかしげな顔をした新田は、
「さあ～？」
と唸る。

「私、本社から来た人間なんで、この辺りのことはよく知らないんですよ」
　すみませんね、と謝られた。

「誰かに訊いてみましょうか？」

「ああ、いいですよ。
　こちらで訊いてみますから、ありがとうございます」

「そうですか。
　では、ごゆっくり。

　露天風呂からの景色、なかなかいいですよ。

　……なんにもなくて」

　新田は苦笑いにも似たものを見せてくる。

　まあ……なんにもないよな、この辺り。

　深鈴も今頃風呂に行っているだろうか。

　街の宿の露天風呂なんか周囲をマンションに囲まれてたりするそうだが。

　こんなところじゃ、猿くらいしか覗かないだろうから、安心して入れるか、と思った。