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昔の事件
殺人犯なら居るらしいっすよ
しおりを挟む「なるほど。
絶景だな」
晴比古は露天風呂から眼下に広がる緑を見た。
「……なにもない」
「なにもないのがいいんじゃないですかー。
と、街から来た人には言ってるんですけどね」
と菜切は新田同様、苦笑いしている。
「僕は見慣れちゃってますけど」
「なあ、菜切は知らないのか?
幕田のばあさんが言ってた殺人事件」
すると、幕田が周囲を気にしながら、何故か小声で言ってくる。
「晴比古先生、ばあさんっておばあちゃん自分では言ってるけど、人に言われたら機嫌悪くなりますよ」
此処、男湯じゃないか。
ばあさんが聞いてるはずない、と思ったのだが。
構わず、その辺からひょいと現れそうだな、あのばあさん――。
「……ハルさんが言ってた事件」
と言い直す。
「いや、すみません。
僕もこの辺りの人間じゃないんで」
と菜切が言ったとき、
「兄貴っ。
此処でしたかっ」
と俊哉が現れた。
「お背中、流しましょうっ」
そういうこと言うと、ますます組の人に見えてくるんだが……。
これ、志貴の地元にまで押しかけてきたら、ヤクザとの癒着かと思われるよな。
「いや、いいよ。
入ったら? 俊哉くん」
と志貴が言う。
西島の方が年下なようだが、なんとなく、『俊哉くん』なキャラだ。
「はいっ。
兄貴と入るために、わざわざ入浴券買ってきましたっ」
此処、従業員は、営業中は入れないんでっ、と言ってくる。
「なあ、なんで志貴が兄貴なわけ?」
と晴比古が訊くと、
「いい男だからですっ」
と即答してきた。
「自分もこんな男になりたいっすっ」
いや、方向性が違う気がする……。
「いい男じゃん、俊哉くん」
と入ってきた俊哉のがっしりした胸板を菜切が叩く。
「鍛えてるの?」
「はいっ。
自分、暇なときは、筋トレしてるんでっ」
……居るよな、こういう人。
「でも、兄貴も予想外にいい身体してますね」
と俊哉が言う。
確かに。
志貴は華奢で繊細なイメージなので、身体つきもひょろっとしているのかと思ったら、全然違った。
ちょっと負けた気分だ……。
「俊哉、この辺りで昔あった殺人事件のこと、知ってるか?」
気分を切り替えて晴比古が訊くと、
「殺人事件なんて聞いたことないっす」
と言う。
そうか。
じゃあ、幕田のばあさん……
ハルさんが言ってた話はなんなんだろうな、と思っていると、
「でも、殺人犯なら居るらしいっすよー」
と言ってきた。
「……殺人犯?」
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