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昔の事件
じっちゃんに聞きました
しおりを挟む「よくわかんないんすけど。
じっちゃんとこ来た人が話してて。
なにそれー? って言ったら、菓子やるからあっち行ってろって」
「……行ったのか」
「はい」
役たたねえなあ~、と晴比古は眉をひそめる。
「それ、子供の頃の話か?」
「結構、最近っすよ」
そういえば、さっきも菓子につられてたな、と思い出す。
「あ、先生。
なんすか、その小莫迦にした目~。
糖分は脳に不可欠なんすよ。
棋士も対局中に甘い物食べてるじゃないすか。
とりすぎも脳の働きを鈍くさせるらしいっすけどね」
「お前、その口調で、突然小難しいこと言い出すのはなんなんだ」
「じっちゃんに聞いたんす」
「お前は、学校で教わったことより、じいちゃんに教わったことの方が多そうだな」
殺人犯か……と思いながら、
「しかし、殺人事件と確定していないせいか、比較的和やかだな、此処の雰囲気」
と晴比古は呟く。
「うっかりカミソリで顔切って、病院行ってるだけかもしれませんしねー」
と俊哉が呑気な口調で言う。
「……長い病院だな。
しかし、田舎の警察、暇だから来てくれたんだそ。
あの程度じゃ、街なら来ない。
交通事故でも、車動くなら、自力で来いとか言ったりするからな」
「まあ、そうっすよね。
事件かどうかわかんないっすよねー。
あの血の落ち方、半端なくおかしいっすからねー」
と俊哉が言い出す。
へー、と思い、
「なにがおかしいと思った?」
と晴比古が訊くと、
「角材で殴られたようには見えなかったっす」
と言ってくる。
「いつ角材で殴られたことに決定した……」
だが、確かに自分も少しおかしいとは思っていた。
「血が真っ直ぐに落ちすぎですよね」
と志貴も言う。
「事件なら、もっと飛び散った感じに落ちると思うのに」
まるで、真上から垂らしたみたいなでしたね、と言う志貴の言葉に、菜切が、
「えっ。
じゃあ、偽装工作って奴ですか?」
と口を挟んでくる。
「しかし、なんのための偽装だ?
自分は此処で怪我をして、死んだか、連れ去られたと支配人自身が偽装しているか」
「犯人が殺害現場をあの部屋だと見せかけるために、わざと血を落としていったか、ですかね?」
そう言った志貴に、
「だが、あの程度の血で死んだとは思わないだろ?」
と言ったのだが、菜切が言う。
「でも、僕らはあれを見たとき、支配人殺されたのかなって思いましたよ。
素人は、血が落ちてて失踪してたら、殺されたって思いますよ~」
「ってことは、犯人は、それで警察に殺人事件だと思ってもらえると思った莫迦な素人ってことっすかね」
そう俊哉が言ってきた。
犯人もお前に莫迦な素人とか言われたくないと思うが、と思っていると、
「でも、これって、あれっすよねー。
俺ら、きっと一人ずつ殺されていくんすよねー」
と言い出した。
「……なんでだ」
「だって、ホテルで殺人事件が起こったら、大抵、そうっすよ」
お前の大抵はどっから来た? と思っていると、
「まず、道が通れなくなって」
と俊哉は言うが、下の牛も並んで疾走出来そうな広い道を呑気に軽トラが走っている。
「電話が通じなくなって」
此処、ゴルフ場も近いせいで、基地局が近くにあるのか、むしろ街中より電波の状態がいいようだが。
「絶海の孤島のホテルでは、一人ずつ死んでいくと決まってるんすよっ」
と俊哉が立ち上がる。
「座れ。
此処は山の中だ、莫迦者」
「だって、ばあちゃんの持ってる本だと、全部そんな感じっすっ」
「ばあさんは、ミステリーマニアか……」
「ばあちゃんの本棚、全部英語で格好いいっす」
「待て。
お前、原書で読めるのか」
「英語っすからね。
他は駄目っす」
俊哉は、ケロっとそんなことを言う。
「そうなんだ?
じゃあ、外国のお客さんが来たとき、俊哉くんが居ると助かるね」
と志貴が言うと、
「自分、全然喋れないっすっ」
と俊哉は言った。
役立たねー。
「ジス イズ ア ペン。
アイ アム ア ペン。
くらいしか言えないっす」
「発音悪いな……」
「先生、今の文章、問題はそこじゃないです……」
と横から志貴が言う。
読み書き出来るからと言って、喋れるわけではない、というのを体現した奴だな、と思った。
いや、書けるかも怪しいが……。
「話逸れたな。
おい、幕田。
お前、なにか意見ないのか。
幕田。
しっかりしろ、幕田っ」
いつの間にか、露天風呂を囲う石に寄りかかり倒れていた幕田にそう呼びかけていると、俊哉が、
「殺人事件っすっ」
と騒ぎ出す。
「救急車っ!」
「のぼせたんだろ、莫迦。
……露天なのにな。
出るぞ、幕田っ」
と晴比古が声をかけると、はーい……と幕田から小さな声がした。
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