仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

文字の大きさ
21 / 79
昔の事件

それが問題だ

しおりを挟む
 
 幕田も此処に泊まることになったので、晴比古たちは幕田を部屋に連れて行き、休ませた。

 志貴は地元警察に話を訊きに行き、俊哉は新田に首根っこつままれて、帰らされた。

「入浴券買ったんだから、俺もお客様っすよ~っ」

「もう風呂入っただろ、帰れ」
とやり合いながら。

 菜切もようやく仕事に戻り、晴比古はひとり、状況を整理するかと、ロビーの片隅にある今どきの小洒落たマッサージチェアに腰掛けた。

 眼下に広がる緑を眺めながら、考え事をしていると、風呂上がりの深鈴がやって来た。

 晴比古は暑いので、とりあえず、浴衣を着ていたのだが。

 深鈴もまた浴衣だった。

 高校の修学旅行のとき、風呂上がりの女子たちが色っぽいから覗きに行くという阿呆な友人たちに連れられ。

 彼女らが通る売店の前を意味もなくウロウロしていたことを思い出す。

 ……今、湯上がりの深鈴を見られただけで、此処に来た甲斐があったな、と思ってしまった。

 なんも変わってねー、あの頃から、と思う自分の心の内にも気づかずに、深鈴は微笑み、

「先生、そうしてると、文豪みたいですね」
とよくわからないことを言う。

 なんでだ。
 此処が避暑地のような宿だからか?

 深鈴の中で、昔の文豪はそういうところで着物で執筆していたイメージなのだろう。

 しかし、何故、俺が文豪……。

 報告書を書くのでさえ面倒臭い人間なのに、と思いながら、
「お前の文豪の基準はなんだ、深鈴」
と問うてみた。

 すると、深鈴は少し考え、
「着物が似合って。
 少し渋めで知的なイケメン、ですかね」
と言う。

 着物じゃないのだが。
 この浴衣が丁子染めのような渋い色だからだろうか。

「……イケメンでない物書きはどうなる」
「文豪じゃないんでしょう」

 ……無茶を言うな。

 だがまあ、男前かどうかはともかくとして、一本芯の通っている人間はいい顔をしている。

 そういう意味でも志貴は男前だな、と思う。

 方向性は常に妙だが、何事にも迷いがないから。

 深鈴が一番、事件は二番。

 大丈夫なのか、刑事として、と思いながら、もう何年もつきあっているはずの恋人と嬉しそうに話す志貴はなんだか可愛い。

 ……相手が深鈴でなければ、もっと素直に応援できるのだが。

「ところで、先生、なんであんなこと言ったんです?
 どんな結果になるかわからないなんて」

 その台詞を聞いたときから、彼女の中では引っかかっていたのだろうが、ようやく二人きりになったので、訊いてきたようだった。

 晴比古が黙っていると、
「先生、もしかして、もう犯人、わかってるんじゃありません?」
と深鈴は言う。

 晴比古は溜息をつき、立ち上がった。

「犯人は知らない。

 深鈴、座ってみろ。
 気持ちいいぞ」

 そう言い、マッサージチェアを勧めたが、深鈴は、ええーっ? と眉をひそめる。

「私、肩とかこらないんで、そういうのくすぐったいだけなんですよー」

 まあ、こいつ、姿勢がいいしな、と思った。
 姿勢がいいと肩がこりにくいというから。

「とりあえず、さっき言ってた殺人犯の話が気になるな。
 志貴が警察から帰るまで、そっち調べてみるか。

 早く解決しないと、長逗留になってしまう。
 年寄りから余分な金貰うのは気が引けるからな」
と言うと、そうですね、と深鈴は笑った。


 殺すべきか。

 殺さざるべきか。


 それが問題だ――。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...