仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

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昔の事件

ええっ!? 無視ですかっ?

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 先生は幕田さんのところに様子を見に行ってしまった。

 部屋でくつろいでいるところに女が行くのも悪いしな、と思った深鈴は遠慮し、ひとり自室に戻ろうとしていた。

 廊下の両側にはずらりと部屋に並んでいて、窓はない。

 古い蛍光灯の灯りは少し薄暗かった。

 菜切に聞いた話や、夕暮れの仏像群を思い出した深鈴は、突き当たりの白い壁の前に、勝手に怖い幻を見る。

 ぞくりとしたとき、
「亮灯!」
といきなり誰かが自分を呼んだ。

 いや、誰かって。

 あの人しか居ないのだが。

 晴比古先生には、亮灯と呼ぶことは禁じているし。

 振り返ると、案の定、志貴が嬉しそうに手を振り、こちらに来るところだった。

 どうやら、警察から戻ってきたようだ。

 一応、此処では部外者なので、どの程度の話が聞けたのかはわからないが。

「もう~、志貴ったら」

 此処で亮灯と呼ぶなと文句を言おうとした深鈴の手を取り、志貴は言う。

「大丈夫?
 晴比古先生になにもされなかった?」

 いきなり、それか……と苦笑いしながら、深鈴は、
「志貴。
 誰が聞いてるかわからないのに、その名で呼ばないでって言ったじゃない」
とがめたが、

「大丈夫。
 誰も居ないよ」
と志貴は廊下なのに、抱き締めて来ようとする。

 駄目よ、と押し返そうとする自分に、
「なんのために僕が此処まで来たと思ってるんだよ」
と志貴は文句を言ってくる。

 そういえば、志貴は、事件のために来たわけでも、仏像を探しに来たわけでもなかったな、と気づいた。

「僕は亮灯に会いに来たんだよ。
 なのに、なに?

 なんでそんなにつれないの?

 やっぱり、僕より、晴比古先生の方がよくなった?

 わかったよ。
 今すぐ、晴比古先生を殺してくるよ」

「待ったっ、志貴っ」

 志貴は、つらつらと言ったかと思うと、すぐにきびすを返そうとする。

 迷いなくやるっ。
 この人はやるっ。

 深鈴は慌てて、志貴の腕を掴んだ。

「志貴、いつも言ってるでしょ。
 私が好きなのは志貴だけだって」

「ほんとに?」
とすぐに足を止め、振り向いた志貴に、深鈴は、あれ? なんかはめられた? と思った。

「じゃあ、今すぐ、此処でキスしてよ」
 そう志貴は言ってくる。

 えーと……。

「早く。
 十秒以内にしなかったら、晴比古先生、殺すから」

 この人、刑事の自覚はあるのだろうかな?

「大丈夫。
 晴比古先生でも解けないトリック使って殺すから」

 もう考えてある、などと物騒なことを言い出す。

「いやあの、その場合、先生殺されてるから、謎解かないわよね。

 っていうか、いつも謎解いてるの私で、先生、犯人見つけてるだけなんだけど」

 もう~、しょうがないなあ、と言いながら、志貴の腕に触れ直すと、志貴が笑う。

 こういう顔は好きなんだけどな、と思いながらも、廊下なので照れてキスなど出来ない。

 そもそも自分からすることなどあまりないし。

「ほら、亮灯。

 10……」

 きゃああああああっ。

 階下から悲鳴が聞こえてきた。

 えっ? 今っ!? と思いながら、
「志貴、悲鳴が」
と言ったのだが。

「9……」

 ええっ?
 無視!?

「誰かっ。
 誰か来てっ」

 バタバタと人が走る音がする。

「8……」

「志貴っ」

「どうしたっ!?」
と下から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 ああ、先生がもう行ってる~っ!

「7……」

「わかったっ。
 もうっ、わかったからっ」

 軽く背伸びをして、少しだけ志貴の唇に触れてみた。
 
 すぐに離れたので、怒るかと思ったが、志貴は、それだけで満足したようで、
「早く行こう、亮灯」
と手を握ってくる。

 いやだから。
 貴方ですよね。

 貴方が引き止めてたんですよね~っ、と思いながら、深鈴は志貴に手を引かれ、階段に向かい、駆け出した。


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