26 / 79
仏像は祟らない
或る意味、便利ですよね
しおりを挟む「お客さん、どちらまで……?」
雨の中、その客は乗ってきた。
傘も差さずに道に立っていたその客の髪からは、ぽたぽたと雫が落ちていた。
バックミラーの中、俯き、じっとしているその姿を、まるで霊のようだと自分は思った。
「いいじゃないですか、それ」
と晴比古の部屋に来た幕田が言い出した。
「志貴さんが犯人探してくれるんですよね。
どんなことしても。
或る意味、便利じゃないですか~」
何処までも能天気な幕田は晴比古の部屋で缶コーヒーを飲みながら、そんなことを言う。
「確かに、どんな手段を使っても探してきそうな奴なんだが」
本気で犯人の身が心配になるほどに。
「で、志貴さんは?」
「深鈴と居るよ」
いろいろとめんどくさいので、二人を部屋に置いて戻ってきたのだ。
満足して、犯人探さないかもな。
……それはそれで困るか、と思っていると、
「駄目じゃないですかっ」
と幕田がいきなり立ち上がり、怒り出す。
志貴が犯人を探さなくなったら困るからかと思ったが、そうではなかった。
「なんで邪魔しないんですかっ。
先生、深鈴さんが好きなんでしよっ?」
「好きとか言うんじゃないが」
いや、好きなんだが……。
「まあ、あの二人の間には誰も割って入れねえよ。
っていうか、お前、俺の味方してるフリして、単にお前が邪魔して欲しいだけだろ」
と言うと、ははは、と笑っていた。
図星らしい。
「とりあえず、仏像と今回の事件の関連性について考えてみようか」
と言ったのだが、幕田は深鈴と志貴の方が気になるようで、チラチラ、ドアの方を後ろを振り返っている。
仕事しろ。
いや、管区外だが。
そう思ったとき、悲鳴が聞こえた。
「……今、悲鳴、聞こえなかったか?」
すぐに消えたその声を追うように視線を巡らすと、幕田が、
「聞こえましたね……。
先生、行きましょうっ。
助けを求める深鈴さんの声かもしれませんっ」
と勢いよく言ってきた。
「深鈴は志貴と居るんだから、大丈夫だろ」
っていうか、今の深鈴の悲鳴じゃねえし、と思いながら、ドアに向かうと、幕田が追いかけて来ながら言う。
「だから、志貴さんに襲われかけて、悲鳴上げたとかっ」
「深鈴は志貴に襲われても悲鳴は上げんだろうが」
ムカつく話題を振るなっ、と廊下に出た。
「悲しい話ですね……」
と幕田は自分で振っておいて、しょんぼりしている。
「それにしても、今の悲鳴は何処から――」
と幕田が言いかけたとき、階下からまた悲鳴が聞こえてきた。
きゃああああああああっ。
さっきの声とは違う気がする、と思っていると、幕田が、
「今度こそ、深鈴さんかもっ」
と言い出した。
「誰かっ。
誰か来てっ。
助けてっ」
「深鈴じゃねえだろ、これっ」
と言いながらも、階段に急ぐ。
「深鈴は例え、死体を見つけても悲鳴は上げない女だからな。
近づいてって、マジマジと観察するだけだ」
助けがいのない女だ、と呟きながら、階段を降りていくと、マジマジと倒れている女を見ている深鈴を発見した。
足音でわかったのか、顔も上げずに、
「救急車呼びました。
持田さんです。
息はあります」
と言ってくる。
その側で、水村がしゃがみこんでいる。
どうやら、持田は階段から落ちたか、突き飛ばされたかしたようだ。
最初の悲鳴は持田。
次が水村だったのだろう。
「持田さんがっ。
持田さんがっ」
と水村は動転している。
「志貴は?」
「水村さんが逃げていく人影を見たというので、追っていきました」
そうか、他には、と言いかけると、
「犯人を殺してやると言ってました」
と持田の様子を見ながら、深鈴は淡々と付け加えてくる。
……また邪魔されんたんだな。
まあ、同一犯かは知らないが、と思いながら、晴比古が、おい、と水村の肩をつかむと、彼女はビクリと顔を上げた。
泣いていたようだ。
「も……持田さんが、いきなり上から落ちてきたんです」
と踊り場を指差す。
「誰かが階段を駆け上がっていったみたいなんですけど。
薄暗いし、もう姿は見えなくて、音だけしか」
階段ねえ、と晴比古はたいして高さのない踊り場を見上げる。
「この程度の高さから、突き落として殺そうとしたとは考えにくいから、なにかでカッとなって、突き飛ばしたとかかな?」
「あの……」
と水村が怖々言ってくる。
「さっき、持田さん、血塗れの仏像を見たとか聞いたんですけど。
仏像の祟りとか……」
「いや、あの仏像は祟らない」
そう晴比古は言い切ると、ほら、と水村に向かって手を差し出した。
水村は赤くなって、一瞬、惑ったが、結局、晴比古の手を取った。
晴比古は彼女を立ち上がらせたあと、俯いてまた泣き出した水村の背に手をやる。
抱き寄せるようにして、背中を叩いてやった。
「大丈夫だ。
彼女はちょっと意識を失ってるだけだから」
そう言ってやると、水村は晴比古にしがみつき、声を上げて泣き始めた。
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる