仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

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仏像は祟らない

或る意味、便利ですよね

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「お客さん、どちらまで……?」

 雨の中、その客は乗ってきた。

 傘も差さずに道に立っていたその客の髪からは、ぽたぽたと雫が落ちていた。

 バックミラーの中、俯き、じっとしているその姿を、まるで霊のようだと自分は思った。



「いいじゃないですか、それ」
と晴比古の部屋に来た幕田が言い出した。

「志貴さんが犯人探してくれるんですよね。
 どんなことしても。

 或る意味、便利じゃないですか~」

 何処までも能天気な幕田は晴比古の部屋で缶コーヒーを飲みながら、そんなことを言う。

「確かに、どんな手段を使っても探してきそうな奴なんだが」

 本気で犯人の身が心配になるほどに。

「で、志貴さんは?」
「深鈴と居るよ」

 いろいろとめんどくさいので、二人を部屋に置いて戻ってきたのだ。

 満足して、犯人探さないかもな。

 ……それはそれで困るか、と思っていると、
「駄目じゃないですかっ」
と幕田がいきなり立ち上がり、怒り出す。

 志貴が犯人を探さなくなったら困るからかと思ったが、そうではなかった。

「なんで邪魔しないんですかっ。
 先生、深鈴さんが好きなんでしよっ?」

「好きとか言うんじゃないが」

 いや、好きなんだが……。

「まあ、あの二人の間には誰も割って入れねえよ。
 っていうか、お前、俺の味方してるフリして、単にお前が邪魔して欲しいだけだろ」
と言うと、ははは、と笑っていた。

 図星らしい。

「とりあえず、仏像と今回の事件の関連性について考えてみようか」
と言ったのだが、幕田は深鈴と志貴の方が気になるようで、チラチラ、ドアの方を後ろを振り返っている。

 仕事しろ。
 いや、管区外だが。

 そう思ったとき、悲鳴が聞こえた。

「……今、悲鳴、聞こえなかったか?」

 すぐに消えたその声を追うように視線を巡らすと、幕田が、

「聞こえましたね……。

 先生、行きましょうっ。
 助けを求める深鈴さんの声かもしれませんっ」
と勢いよく言ってきた。

「深鈴は志貴と居るんだから、大丈夫だろ」

 っていうか、今の深鈴の悲鳴じゃねえし、と思いながら、ドアに向かうと、幕田が追いかけて来ながら言う。

「だから、志貴さんに襲われかけて、悲鳴上げたとかっ」
「深鈴は志貴に襲われても悲鳴は上げんだろうが」

 ムカつく話題を振るなっ、と廊下に出た。

「悲しい話ですね……」
と幕田は自分で振っておいて、しょんぼりしている。

「それにしても、今の悲鳴は何処から――」
と幕田が言いかけたとき、階下からまた悲鳴が聞こえてきた。

 きゃああああああああっ。

 さっきの声とは違う気がする、と思っていると、幕田が、
「今度こそ、深鈴さんかもっ」
と言い出した。

「誰かっ。
 誰か来てっ。

 助けてっ」

「深鈴じゃねえだろ、これっ」
と言いながらも、階段に急ぐ。

「深鈴は例え、死体を見つけても悲鳴は上げない女だからな。
 近づいてって、マジマジと観察するだけだ」

 助けがいのない女だ、と呟きながら、階段を降りていくと、マジマジと倒れている女を見ている深鈴を発見した。

 足音でわかったのか、顔も上げずに、
「救急車呼びました。
 持田さんです。

 息はあります」
と言ってくる。

 その側で、水村がしゃがみこんでいる。
 どうやら、持田は階段から落ちたか、突き飛ばされたかしたようだ。

 最初の悲鳴は持田。
 次が水村だったのだろう。

「持田さんがっ。
 持田さんがっ」
と水村は動転している。

「志貴は?」

「水村さんが逃げていく人影を見たというので、追っていきました」

 そうか、他には、と言いかけると、
「犯人を殺してやると言ってました」
と持田の様子を見ながら、深鈴は淡々と付け加えてくる。

 ……また邪魔されんたんだな。

 まあ、同一犯かは知らないが、と思いながら、晴比古が、おい、と水村の肩をつかむと、彼女はビクリと顔を上げた。

 泣いていたようだ。

「も……持田さんが、いきなり上から落ちてきたんです」
と踊り場を指差す。

「誰かが階段を駆け上がっていったみたいなんですけど。
 薄暗いし、もう姿は見えなくて、音だけしか」

 階段ねえ、と晴比古はたいして高さのない踊り場を見上げる。

「この程度の高さから、突き落として殺そうとしたとは考えにくいから、なにかでカッとなって、突き飛ばしたとかかな?」

「あの……」
と水村が怖々言ってくる。

「さっき、持田さん、血塗れの仏像を見たとか聞いたんですけど。
 仏像の祟りとか……」

「いや、あの仏像は祟らない」

 そう晴比古は言い切ると、ほら、と水村に向かって手を差し出した。

 水村は赤くなって、一瞬、惑ったが、結局、晴比古の手を取った。

 晴比古は彼女を立ち上がらせたあと、俯いてまた泣き出した水村の背に手をやる。

 抱き寄せるようにして、背中を叩いてやった。

「大丈夫だ。
 彼女はちょっと意識を失ってるだけだから」

 そう言ってやると、水村は晴比古にしがみつき、声を上げて泣き始めた。


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