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歩く仏像
誰も住んでいない廃村
しおりを挟むやってきたタクシーの運転手は菜切ではなかった。
俊哉が前を走り、タクシーがその後ろを走る。
「運転手さん、幽霊タクシーの話、ご存知ですか?」
と後部座席から、晴比古が訊くと、
「それだと、タクシーが幽霊みたいですねえ」
と笑う。
「知ってますよ。
私らもあの辺りで人を乗せるときは警戒してましたからね」
と運転士の話は過去形だ。
「最近はないんですね?」
と晴比古が確認すると、
「ないですねえ。
幽霊乗せたってタクシーが横転してちょっとしたくらいから、見かけなくなった気がしますね。
……あのとき、死んじゃったんですかね、幽霊」
と言って微妙な笑い方をする。
幽霊とはいえ、車が横転して客が死亡なんて笑えない話だからだろう。
「幽霊はタクシーに乗せてもらえなくなっていた。
だから、傘を隠して、菜切のタクシーに乗った。
そのタクシーが事故に遭い、傘を残して幽霊は消えた」
「傘がなくなったから、幽霊じゃなくなったとか?」
と深鈴が言い、志貴が、
「違う傘を持っていたので、別の幽霊か、ただの客だと思われたとか」
と言う。
別の幽霊ってなんだ……と晴比古が思っていると、深鈴が、
「それにしても、幽霊はどうしてそうまでして、タクシーに乗りたかったんですかね?」
と訊いてきた。
「他に足がなかったからじゃないのか?」
と晴比古が言うと、志貴が、
「でも、その霊園へ行く前の、幽霊が車を止める辺りも、もう民家とかないんですよね?
そこまではどうやって移動してたんでしょうね?」
と訊いてくる。
まあ、確かに、と思っていると、運転手さんが、
「ああ、あの辺りですよ。
幽霊が乗ってくると評判だった場所は」
と斜め前を指差してきた。
本当になにもない。
ずうっと木が生えたり、草原だったりする場所だ。
ところどころ、なにかの施設らしきものはあるのだが、人の気配はない。
そんな、なにもない道に、晴比古は、今は居ない男の幻を見る。
その男は青白く、俯き、傘を差して立っていた。
男の後ろに何故か、五百羅漢の幻が見える。
男はなにを思って、傘をさしているのだろうか、と思ったとき、問題の霊園を過ぎた辺りで、俊哉がスピードを落とした。
ちょっと走って止まり、バイクを降りてこちらに来たので、タクシーも止まる。
俊哉は誰も乗っていない助手席の窓を叩いた。
運転手が窓を開けると、
「この辺りっすよね、木の仏像があったの」
と訊いている。
「ああ、そうですね。
そんなに長い間はなかった気しますけど。
坊ちゃん、よくご存知ですね」
と運転手は俊哉に言った。
坊ちゃん? と思っていると、運転手は、
「ああ、私、以前は、西島先生のところの運転手やってたんですよ」
とこちらを向いて笑う。
ちらと名前のところを見た。
大上さんというらしい。
俊哉が仏像があったという場所は木が生い茂り、草にまみれた場所だった。
よく見れば、そこから山の方に伸びる細い小道がある。
「この道は?」
「……そこは行かない方がいいですよ」
ふいに大上の声色が変わった。
よくある怪奇映画のようだ。
田舎に行ったら、村人たちが愛想良く歓迎してくれるが、村の秘密に触れた途端、先程までの笑顔は何処へやら、手に手に鎌を持って集まってくる。
そんな感じの変わりようだった。
この村では、なにか怪しい宗教とかやってて、迷い込んだ人間は殺されるとか……。
そんな妄想が駆け巡る。
いや、じゃあ、あの宿に宿泊している大量の人たちはどうなるんだと突っ込まれそうだが。
「お、大上さん」
と晴比古はタクシーに乗ったままの運転手に呼びかけた。
「握手してください」
「はい?」
手を出してくれた大上の手を助手席から手を突っ込み、強く握って振る。
あ~、よかった。
なにもない。
自分がなにを思って、そう動いたのか察している深鈴に、
「……先生、なにやってんですか」
と呆れられた。
なにか考えていた大上はタクシーから降りてくると、その小道の前に立った。
山から吹き下ろす風が、大上の少ない髪と手入れが行き届かず蔓延る草を揺らしていた。
「この先には、民家があるんです。
もう誰も住んでいない廃村だったんですけどね」
ですけど……? と思い、訊いていると、
「まあ、村ってほどでもない。
小さな集落ですよ」
と言う。
「私の祖母もそこの出身で。
人が住まないと家は荒れるからと、街へ出ている此処の人たちに許可を取り、西島先生がその集落の空き家に人を住まわせました」
「じいちゃんが?」
と俊哉が口を挟んでくる。
「私、ときどき、思うんです」
大上は、その集落があるという山を見上げて、ぽつりと言った。
「傘をさした幽霊は、あの集落に行こうとしてたんじゃないだろうかって」
深鈴が大上の背に向かい、訊いていた。
「……幽霊は、目的の場所にたどり着けたんでしょうかね?」
「わかりません。
たどり着いたから出なくなったのか。
それとも、幽霊だから、消えてしまったのか」
そう笑ったその顔は、少し寂しそうでもあった。
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