仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

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歩く仏像

現場百回って言いますもんね

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 店の前に着いた大きなバイクから降りてきた男がフルフェイスのヘルメットを外す。

「……バイクのCMみたいにサマになってますね」

 口をきかなければ、と深鈴もそれを窓越しに見ながら、変に感心したように呟く。

 確かに口をきかなければ、ちょっと怖いがアイドル風な顔立ちだ。

 ……三十五だが。

「なんだ。
 西島の莫迦息子と友達だったのか」
とマスターがこちらを見て笑う。

 いや、友達っていうか……。

「兄貴です」
と晴比古は志貴を紹介する。

「やめてください」
と力なく志貴が言ったとき、俊哉が入ってきた。

「おう、俊哉」
と言うマスターに俊哉が、

「久しぶりっすー」
と返している。

 お前、年上にもそれか……。

 そういえば、宿でもそうだったな、と思い出す。

 だが、マスターは怒るでもなく、近くに来た俊哉の両のこめかみを拳でぐりぐりやっている。

「真面目に働いてるかー」
と笑顔だ。

 何処でも可愛がられるやつだなと思って、晴比古は見ていた。

「俊哉」
と晴比古が呼びかけると、

「ああ、兄貴の兄貴」
と俊哉は笑顔を向けてくる。

 少し考え、じゃあ、こいつは? というように深鈴を手で示すと、
「兄貴の姉御」
と言う。

「あっ、姉御は嫌ですっ」
と深鈴が訴えていた。

「でも、さすがは兄貴。
 兄貴の姉御は美人ですよねー」
とまったく気にするでもなく、俊哉は感心している。

 俊哉が座って注文するのを待って、
「ところで、俊哉。
 お前、歩く木の仏像の話知ってるのか?」
と訊くと、

「あー、誰かから聞いたんすよ。
 何処かから来て、何処かへ行く仏像の話ですね」
と言う。

 なにか含蓄がありそうな、なさそうな。

 ……ないんだろうな、と思い、聞いていると、

「そういえば、前は仏像あったかなあ、と思うんですけどね、草むらに」
と俊哉が言った。

「それ、場所覚えてるか?」

「覚えてるっすよ。
 たまに走る道だから。

 滅多に人間通らないのに、やたら広い道で走りやすいんすよ」

「俊哉くん、それってあれ?
 もしかして、焼き場と霊園がある通り?」
とマスターが口を挟んできた。

「そう、そこっす」

「……幽霊タクシーの道なのか」
と晴比古が呟くと、

「なんだか話が繋がってきましたね」
と志貴が言う。

 深鈴が、
「じゃあ、横転した菜切さんのタクシーが仏像を吹っ飛ばしたとか」
と言い出した。

「客が居なくなってて、仏像が落ちてたら、実は客が仏像だったとか言いそうだけどな、菜切なら」

 待てよ。
 そんな夢を見たぞ、と晴比古は思う。

『どちらまで』
と振り返ったら、仏像が後部座席に乗っていた。

「……菜切の車が横転した場所の近くに木製の仏像があって。
 じいさんのところの木製の仏像を持って逃げたのも菜切か」

「持田さんも仏像を見たと宿で言ってますよね。
 あれは木製かはわからないですが」
と深鈴が言ってくる。

「じゃあ、行ってみますかー?」
と軽い調子で、俊哉が言ってきた。

「現場百回って言いますもんねっ」

 いや、一回も行ってないうえに、なんの現場かもわからないんだが。

 ああ、菜切の転倒現場か。
 新たな仏像の持ち去り現場か。

「タクシー呼びましょうか」
と言ったあとで、深鈴は迷うような顔をする。

「菜切さん以外がいいですか?
 それとも、いっそ、菜切さんの方が?」

「ホテルから呼んでもらうときならともかく、タクシー会社に直接、電話かけて、また菜切以外でとは言いにくいだろ」

 菜切の仕事態度が悪くて、客が断っているように思われかねない。

「なにも言わずに呼べ。
 菜切が来たら、そのときはそのときだ」
と言うと、俊哉が、アイスコーヒーを一気飲みしたあとで、立ち上がる。

「兄貴は俺の後ろに乗ってくださいっ」
と志貴に言って、

「いや、勘弁して……」
と断られていた。


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