仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

文字の大きさ
45 / 79
妖怪、祇園精舎

祇園精舎が出るんですよ

しおりを挟む
 
 しかし、よく考えたら、宿に行く用事が出来てラッキーかも、と思いながら、俊哉はバイクで宿に向かった。

 フロントに入るなり、副支配人に、
「あっ、なにしに来たっ、西島っ」
と言われてしまったが。

 まるで、面倒ばかり起こす息子が職場に遊びに来てしまったかのようだ。

「客っす」
と言ったが、

「なにが客だ」
と言われてしまう。

「風呂入りに来たっす」

 此処は銭湯かっ、という新田の前を通り、水村に、
「晴比古先生と兄貴は?」
と訊くと、今、夕食だと言われる。

「じゃ、飯食ってこう」
と呟くと、新田に、

「先生たちにご迷惑かけるなよ」
と言われた。

 だから、あんた、俺の父親か、と思う。
 まだ、そんな年ではないはずだが。

 だが、一見、クールそうな新田だが、古田支配人よりは面倒見は良かった。



 お食事処の前まで来ると、薄暗い廊下を何故か菜切が行ったり来たりしていた。

「……なにしてるんすか、菜切さん」
と訊いてみたのだが、

「いや、ちょっとね」
と言われてしまう。

「飯ですか?」
と問うと、ああ、そういえば、なにも食べてない、と言う。

「じゃあ、一緒に此処でどうですか?」

 菜切は、ああ……そうだね、と言いながらも、

「でも、なにも喉を通らなさそうだよ」
と言ったのだが、結局、食べることにしたようで、二人で暖簾をくぐった。
 


 もう食べ終わったんだがな……と思いながらも、珈琲を飲みながら、晴比古は、俊哉たちが食べるのを見ていた。

 幸いテーブルが広かったので、もう二人増えても大丈夫だった。

 自分の横には俊哉と菜切。
 向かいには、志貴、深鈴が座っている。

 真正面が志貴。
 綺麗な顔なので嫌ではないが、何故、男。

 志貴が深鈴を自分の前に座らせなかったからだ。

 そして、俊哉も志貴が端に座ってしまっているので、横に座れず、こちらに来ていた。

 少し菜切の顔を見て話したかったのだが、菜切は深鈴の横で食事をするのは恥ずかしいようで、俊哉の隣行ってしまった。

 それにしても……。

 見た目通り、食欲旺盛な俊哉と、食欲のない菜切の対比が凄い。

「先生、その茄子のやつ、食べないんならください」
と俊哉が晴比古が手をつけなかった小鉢を見て言ってくる。

「先生、茄子、食べてください」
と言う深鈴の言葉を聞かぬふりをし、俊哉に渡した。

 美味しそうな茄子の煮浸しだ。

 まあ、俺は茄子は食べないんだが……。

 もうっ、という顔を深鈴がしているので、見ないふりをした。

「俊哉」

 気持ちがいいくらい食べている俊哉を横目に見ながら呼びかける。

「お前、ほんとに食いにきただけか」

「うまいっす」
とまた皿をひとつ空にしたあとで、俊哉は言った。

 そうか。
 うまいのか……と思っていると、俊哉がふいに、
「先生、鍾乳洞に祇園精舎が出るみたいなんすよ」
と言ってきた。

「祇園精舎ってなんだ……」

 知りません、と俊哉は言う。

「翔太たちが見たみたいなんすよね」

 昼間の女子高生たちの兄が鍾乳洞でなにかを見たようだった。

「巨大な祇園精舎が出たから、先生に退治して欲しいらしいんすよ。
 先生、霊能者じゃないって言ったんすけどね」

「……霊能者だとしても、そんな訳のわからないものを退治できるか」

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 平家物語ですよね?

 そういえば、鎧武者の霊が鍾乳洞に出るんでしたっけ?」
と志貴が言う。

「鎧武者が出たのなら、そう言うだろ。
 それに、もともと出るってわかってるものなら、そこまで驚かないんじゃないのか?」

「先生、わかってても、霊が出たら、普通、驚きますよ」
と苦笑いして深鈴は言ってくるが。

 いや、志貴とか驚きそうにないんだが……。

 待てよ、と思う。

 俊哉の友達なんだよな。
 発想がまともじゃないと思った方がいいかもしれない。

 全員、連想ゲームみたいに、正解から随分遠いところにあるものを言っているのかもしれないし。

 恐らく、語彙の不足により、見たものを正確に表す言葉を知らないんじゃないだろうか。

「俊哉、そのお前の友達、今から呼べるか?」
「無理っす」

「なんでだ」

「あの家、門限があるんすよ」
と壁の時計を見て言う。

「……なんで、ヤンキーに門限があるんだ」

「なんで、ヤンキーって決めつけるんすか、先生。
 翔太たち、ちゃんと仕事してますよ」

 いや、ヤンキーの人も仕事するだろうよ……。
 遊ぶ金もいるし。

 それに、あいつら、或る日突然、孝行息子になったりするからな。

 早くに子供を作って、家業を継いで、立派な息子だとご近所さんからもてはやされたり、結構いいパパになったりもする。

 っていうか、なんで、既に働いている一人前の社会人に門限があるんだ、と思ったが、まあ、そこはそれまでの素行の悪さのせいかもしれない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...