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妖怪、祇園精舎
先生に気があるんじゃないですか?
しおりを挟むそういえば、俊哉の姿が見えなくなったが、新田さんの邪魔をしてなきゃいいんだが、と窓際のソファに腰掛け、晴比古は思っていた。
まあ、新田さんも忙しいから、ずっと菜切を見張っとくわけにはいかないだろうし。
宿を離れられたら、どうしょうもないだろう。
バイクを持っている俊哉の機動力の方が当てになるか?
などと考えていたら、誰かがドアを叩いた。
魚眼レンズから覗くと志貴だった。
「だから、鍵持ってけよっ」
と言うと、ふらりと部屋に入ってきながら言う。
「いえ。
先生に優しく鍵を開けて欲しかっただけです」
「……どーした」
今、まったく優しくなかったと思うが、と言いながら訊くと、
「いえ。
深鈴がまた一緒に泊まってくれないって言うんですよ。
今日がたぶん、最後の夜なのに~」
とベッドに腰掛け、志貴は愚痴る。
うなだれる志貴のつむじを見下ろし、
「お前、飽きられたんじゃないのか?
しつこいから」
と言うと、本気で落ち込む。
す、すまん……とつい、謝った。
なんで俺がお前を慰めにゃならんのだ、と思いながら、
「悪かった。
俺の願望だ」
と言ったとき、また、誰かがドアをノックした。
「おい、志貴。
深鈴じゃないのか?
やっぱり、悪かったと思って……」
一緒に寝ようと言いに来たんじゃないか、という言葉は出したくなく、飲み込む。
ところが、魚眼レンズの向こうにいたのは、女ではあったが、深鈴ではなかった。
水村だ。
なにしに来たんだろうな?
持田の話か? と思っていると、黙って観察している自分の横から、志貴が覗こうとする。
場所を譲ってやると、同じように眺めたあとで、
「僕は深鈴のところに行って、居ないと言ってください」
と何故か言ってきた。
なんでだ? と振り返ると、何処に隠れたのか、もう志貴の姿はなかった。
あまり水村を待たせても悪いか、と思い、ドアを開けると、水村は、
「すみません。
もうおやすみでした?」
と訊いてくる。
いや、と言うと、
「先生、いろいろとありがとうございました」
と頭を下げてきた。
「もっと早くご挨拶に伺おうと思ってたんですけど。
なかなか仕事を離れられなくて」
まあ、持田が居ないから、そうなるだろうな、と思っていると、水村は少し中を窺うようにして、
「あの、志貴さんと深鈴さんは?」
と訊いてくる。
「志貴さんたちにもお礼を言いたかったんですけど」
『僕は深鈴のところに行って、居ないと言ってください』
と言った志貴の言葉を思い出し、なにか意味があるのだろうかと思いながら、志貴は深鈴のところに居ると告げた。
「そ、そうなんですか?」
と水村は何故か動揺し、頬を染める。
「すみません。
先生、おひとりのところに伺ってしまって」
「いや、別にいいが……」
と言うと、水村はなにを思い出したのか、笑って言った。
「深鈴さんと志貴さんって、素敵なカップルですよね」
まあ、いろいろと犯罪すれすれな連中だけどな、と思いながら、
「……そうだな」
と言うと、
「お二人を見ていたら、私もちゃんと恋がしたくなりました。
持田さんや菜切さんに申し訳ないことをしてしまいましたし」
と言ったあとで、チラと上目遣いに、こちらを見、
「あの、今度また、なにかお礼をさせてくださいね。
では」
と言って去って行った。
……なんだったんだろうな、と思っていると、後ろから、
「追わないんですか?」
と声がする。
いつの間にか、志貴が戻ってきていた。
「水村さん、先生に気があるようですね」
「なんでだ。
病院まで行ってやったの、お前らじゃないか」
「単に先生が好みなんじゃないですか?
いいじゃないですか、水村さん、美人だし。
深鈴に操立ててても、なんにもいいことなんてありませんよ」
お前……、さっき慰めてやった言葉を返せ、と思ったが。
まあ、志貴にライバル扱いされるのも悪くない。
なにか深鈴をとりあっている気分になるからだ。
実際のところ、彼女はまったくこちらを見てはいないのだが……。
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