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疾走する幽霊
……誰すか、これ?
しおりを挟む「……誰すか、これ?」
と俊哉が言った。
志貴が近づき、男の脈を取る。
「まだ息がありますね。
救急車を呼びましょう」
と言って、電波のいい入り口の方へ行こうとする。
「今、殴られたってことか?
さっき、来たばかりなのに……。
俊哉、さっきはこの人、こんな状態じゃなかったんだろ?」
そう晴比古は問うたが、俊哉は、
「いや、わかんないっす。
最初から紙袋被せられてたんで」
と言う。
そして、すぐに、
「先生、今、俺のこと、役立たずって思いましたね?」
と言ってきた。
晴比古は、しゃがんで間近に男を見ながら、
「正解だ。
なかなか推理力はあるようだな」
と答える。
えーっ、もうっ、と言う俊哉を放っておいて、男の姿を確認した。
見たこともない男だ。
横から一緒に覗き込んできた俊哉の顔が、肩に乗りそうな位置にあったので、
「近い」
と払おうとしたが、俊哉は、更に身を乗り出し、
「なんか色が違う気がするっすね」
と言ってきた。
「色が?」
そのとき、後方から、
「菜切さん、そっち行きましたよー」
と志貴の声が響いてきた。
振り返ると、大慌ての菜切が激しく手を振りながら、突っ込んでくるところだった。
「先生ーっ」
お前の登場に、俺たちが緊張するところなのに、何故、お前が取り乱しているっ、と思った。
「先生っ。
紗江さんが消えまし……っ」
と言いかけ、うわーっ、と声を上げる。
「だっ、誰ですかっ、これっ?」
血を流している男を見て、菜切はそう叫んだ。
救急車が訪れるまでの間、みんなでその意識を失っている男を取り囲んでいた。
洞穴の中は、一定の気温なので、少しひんやりしているが、寒くもなく、暑くもない。
このまま動かさない方がいいだろうと思い、ただ男を眺めていたのだ。
「誰ですかってなんだよ」
晴比古は、横でおっかなびっくり男を見ている菜切に、そう訊いた。
「いえ、言葉のまんま、その通りです。
誰なんですか? これ」
この騒動の首謀者でもあるのに、菜切はそんな無責任なことを言ってくる。
「お前は知ってたんじゃないのか?」
と言うと、
「いえ。
此処に居たのは、古田副支配人です」
と言う。
妖怪祇園精舎の正体はやはり古田だったのか。
じゃあ、こいつは誰なんだ――?
さっきまで、古田が居たのだとしたら、いつの間にすり替わったんだ?
そういえば、と晴比古は菜切を振り返る。
「今、持田が消えたって言ったか?」
「あっ、はいっ、そうですっ」
と菜切は正気に返ったように語り出した。
「新田さんとお見舞いに行ったら、紗江さんが消えてたんですっ。
今、新田さんが持田さんの行きそうなところ、あちこちに連絡してます」
それを聞いた俊哉が言い出す。
「じゃあ、消えた持田さんが、此処へ来て、支配人を担いで逃げて、この人を担いできて、入れ替えたんすよ」
「……俊哉。
かなり無理があると思わないか?」
持田があの細腕でどうやって。
っていうか、入れ替える意味がわかんねえよ、と晴比古は言った。
「入れ替える意味ですか……」
と深鈴が呟く。
「祇園精舎が古田さんであることを誤魔化すためとか?」
「そのために、誰殴って連れてきたんだよ」
晴比古は、その若い男を見下ろし言った。
「そうですね……。
殴っても大丈夫な人とか」
言ったあとで、殴っても大丈夫って言い方も変か、と思ったらしい深鈴は小首を傾げたあとで、
「間違って死んでも大丈夫な人って意味ですけど」
と言い直した。
深鈴の発言に、俊哉が、すすすすっと彼女の側から離れる。
いや、深鈴が人に寄っては死んでも問題ないと思っているわけではないのだが……。
「でも、菜切さんはそれが古田さんであったことを知っていましたよね?
入れ替えたところで、そこからもれる可能性大ですよね」
と言う深鈴に、
「なんでもれるって決めつけるんですか~っ」
と菜切が訴えていたが、いやいや、実際、こうして、いろいろとバレているではないか。
俺なら菜切を犯罪の相棒には選ばないなと晴比古は思う。
人が良すぎて、自分の胸に秘めておくことが出来ないからだ。
どうやって、支配人を此処に閉じ込めていたのか知らないが、持田がすべてを管理していたのに違いない。
菜切は、持田が入院してしまい、支配人がどうなってしまうのか、気になって、ウロウロしていたのだろう。
持田に訊こうにも、彼女の病室には、手の空いた従業員が心配して、入れ替わり立ち替わり、出入りしていたようだし。
支配人は、もしかしたら、放置していたら死ぬ状態にあったのかもしれない。
だから、支配人が、もし、死んでしまってもいいくらい悪い奴かどうかを自分に確かめさせようとしたのだろう。
だが、結果は黒に近いが黒ではなかった。
「菜切、持田の中のお前の信用度は既にゼロだ」
と言うと、菜切は、ええっ? と声を上げる。
「お前に連絡を取らずに失踪したことから言ってもそうだろう。
だから、持田のために黙っていたところで、お前の好感度が今更上がることなど、もうないぞ。
さあ、救急車が来る前に、お前の知っていることをすべて喋れ。
俺たちだけなら、お前の悪事を聞かなかったことも出来るが、告白途中に救急隊員が来てみろ。
彼らは迷わず、警察に通報するだろう」
そう晴比古が脅すと、
「……わかりましたよ」
と菜切は渋々話し出した。
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