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妖怪、祇園精舎
何故、幽霊はそこに向かおうとしていたのか?
しおりを挟む「菜切は持田に、何故、幽霊と同じように霊園に行こうとしたのか、追求してみたんだろうか」
「菜切さんは、持田さんにいろいろと協力してたわけでしょう?
もちろん、事情は訊き出しているんじゃないんですか?」
そう言う深鈴に、幕田が、
「いやあ、美女に頼まれたら、つい、聞いちゃいますよ~。
事情は訊かないでって言われたら、訊きません」
と、えへらえへら笑いながら言っていた。
……今にも深鈴に利用されそうな奴だ。
「そういえば、その菜切の横転事故のあとに、マスターがあの通りを傘を持って走ってる男を見たって言ってたよな」
それは霊ではないのかと言ったら、あんな必死の形相で走っている幽霊は居ないと笑っていたことを思い出す。
「わかったっす。
菜切さんが車を横転させたときに、客は死んで、菜切さんがその死体を霊園に埋めたんすよ。
その菜切さんの車がまた同じ場所を通るのを見かけて、幽霊が、待てーって走って追いかけてたんすっ」
「……その話、菜切にして来い」
と言うと、嫌っすよーと笑っていた。
そこで、ふと、という感じで、幕田が言ってきた。
「幽霊は何故、霊園に向かってたんでしょうね」
「死んでるからでしょ?」
と俊哉が言う。
自分で墓に入りに行ったとでもいうのか。
「俺は大上さんが言ってたことが気になってる。
あの霊園の先の集落に亡霊が行こうとしていたっていう」
そして、霊園の先に、歩いて消えた仏像が居たという。
何処かですべてが繋がっているような。
傘を差した亡霊。
菜切、持田、支配人、大上さん。
そして、ハルさん。
仏像は何故消えた?
霊園の先、集落の下にあったという木製の仏像とじいさんのところから消えた仏像は同じものだったのか?
時系列的に言えば、まず、集落の下にあって、それがじいさんのところに現れ、それから、また消えたことになるのだろうか。
一体、誰が集落の下から動かしたのか。
そして、じいさんのところから動かしたのは、本当に菜切なのか?
なんのために?
菜切は持田の言いなりだ。
もしや、持田が菜切に持ち去らせたとか。
或いは、持田が持って逃げた罪を菜切が被ったとか。
それなら、持田が、血まみれの仏像が出たと言ったのもわかる気はする。
仏像を呪いでもかかっているかのような禍々しい存在に仕立て上げ、消えたことをうやむやにしようとしたのかもしれない。
「大上さんかハルさんがなにか喋ってくれればいいんだが」
そう呟いたとき、
「先生」
と足を止めた志貴が懐中電灯を持ち上げ、少し離れた場所を照らす。
そこに、妖怪『祇園精舎』は居た。
いや、仏像のように見える人間が居た。
結跏趺坐の形で座り、仏像の衣のように黄ばんだシーツを巻かれた男だ。
地面から伸び上がっている太い石筍に寄りかかるようにして座っている。
男の額には血がこびりついていたが、それを上の鐘乳石から滴り落ちる水滴が溶かし、流していた。
このまま男を置いておいたら、その水により、炭酸カルシウムによって固められてしまうのだろうか。
何万年もの歳月をかけて、石筍と一体化した仏のようになってしまうのだろう。
即身仏とはまた違った、荘厳な風景だな、と晴比古はぼんやり思ってしまう。
志貴がその男の顔を照らした。
いや、照らす前からわかっていた。
これは若い男だ。
「……誰すか、これ?」
と俊哉が言う。
そこに居たのは、古田支配人ではなかった。
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