仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

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疾走する幽霊

深鈴の推理

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「皆さんがおっしゃっているように、菜切さんたちが乗せた傘を差した幽霊は、俊哉さんのおじいさんたちが匿っている殺人犯の元に行こうとしていたんだと思います。

 では何故、彼は幽霊のフリをする必要があったのか」

「その殺人犯の家族や友人が人に知られずに会いに行きたかったからとか?」
と幕田が言う。

 違うと思います、と深鈴は言った。

「幽霊と思わせるなんて、知られないどころか、あっという間に噂が広まってしまいますよ」

「じゃあ、幽霊が自分に向かってきてると思わせることで、殺人犯を恐れさそうとしていたとか?」

「そういう効果もあったかもしれませんが。
 幽霊は霊園で降りていて、集落まで行っていません。

 殺人犯の許に行こうとしていたとは、わからないと思います。

 実際、私たちもすぐにはわかりませんでした。

 殺人犯が廃村に居る、という話を聞いて、初めてそのことに思い当たったくらいで」

 私、思うんですが、と深鈴は言う。

「あそこから乗る男は幽霊だ、と印象づける必要があったのではないでしょうか」

「どういう意味ですか?」
と幕田が問う。

「霊園まで、と乗ってきて、ふっと消える男は幽霊だ、といつしか、みんな思い込む。

 で、あるとき、霊園まで、と行って乗ってきた男がいきなり消えても、みんな幽霊だと思うじゃないですか。

 実際、菜切さんが事故を起こしたとき、客が消えていたのに、誰も、菜切さんが死んだ乗客を埋めてなかったことにしたんじゃないかとは言わなかった。

 みんな、菜切さんは幽霊を乗せたんじゃないかと言いました」

 地元警察まで、と和田を見ながら、深鈴が言うと、菜切は、
「……いや、事故のときに深鈴さんたちが居たら、僕が殺して埋めたことにされてたでしょうけどね」
と呟いていた。

「いや、物の例えですよ」
と深鈴は苦笑いして言っていた。

「幽霊を演じていた男は、あそこでなにかしでかすつもりだった。

 そのために、印象に残るように、雨も降らないのに傘をさして立っていたんです。

 傘を差して、あそこに立って、霊園までって男が言えば、それが同一人物であろうとなかろうと、みんな、同じ霊だって思いますよね」

「なにかしでかすって、まさか……」

「そんな下準備をしてやらかすことと言えば、……殺人ですかね」

 当然ように言う深鈴に、ひっ、と菜切たちが息を呑む。

 だが、こんな田舎で、殺人事件になど慣れていないはずの和田は渋い顔をしただけだった。

「和田さん、なにか思い当たることがあるようですね」
と晴比古が訊くと、和田は少し俊哉の方を窺いながら、ぽつりぽつりと話し出した。

「……先程の男性は藤堂さんと言うのですが。
 彼は以前、誤って人を殺してしまって。

 執行猶予はついたのですが、被害者のお身内から恨まれて、それで、藤堂さんのご家族から頼まれた西島先生が此処に匿ってらっしゃったようなんです。

 藤堂さんにとって、それが、いいことだったかどうかはわからないんですけどね。

 事故のあとから塞ぎ込んでたみたいなので、友人や恋人から離れて、一人で居るというのは精神的によくなかったんじゃないかと思うんですけど」

「事故ですか……」
と深鈴が呟く。

「藤堂さんは塾の先生をしてらして。

 精神状態のあまりよくない生徒さんが行方不明になられたそうなんですが。

 父兄から連絡を受けていた藤堂さんがたまたま、その生徒さんと道で出くわして、車に乗せて家に連れて帰ろうとしたら、運転中いきなり暴れ出して、ハンドルを。

 藤堂さんの車が歩行者を跳ねたんです。

 被害者のご家族からは、そんな状態の子供を助手席に乗せたら危ないとは思わなかったのかと責められて。

 生徒さんは自殺未遂。

 藤堂さんは職場に居られなくなって、実家に帰ったそうですが、そこまで被害者のご家族が追いかけてこられたそうなんです。

 実家にも迷惑をかけるということで、藤堂さんが出て行かれようとしたので、結局、西島先生が、あの廃村に」

 時折、見回るように頼まれてたんですが、と和田は言う。

「そんな状態の人間が廃村でひとりでなにしてたんだ?」
と晴比古は訊くと、和田は、

「仏像を彫ってらしたんです」
と言った。

 思わず、みんなで顔を見合わせる。


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