仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

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疾走する幽霊

使えない探偵

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 晴比古、深鈴、志貴、幕田の三人は菜切のタクシーに乗っていた。

 幕田は地元警察と動いてくれてもよかったのだが、一緒に動くと言い出したのだ。

 幕田自身、不安に思っていることがあるのかもしれないと思う。

 逆に、いつもなら、すぐに一緒に来るという俊哉が、何故か家に帰ると言ってきた。

 俊哉なりに考えていることがあるのだろうと思い、別行動することにする。

 菜切のタクシーは幽霊が出るという通りを通っていた。

 街中は何処も車のライトがついていてもいなくてもわからない感じだが、此処は本当に真っ暗で、街灯がほとんどない。

 車のライトを頼りに走る感じだ。

「本当になにもない場所だな」
と晴比古は呟く。

 ただただ道だけが立派で広い。

「県や市町村のいろんな施設が点在してはいるんですが。
 まあ、普段は来る必要のないところばかりですからね」

 斎場とか霊園とか、農業関係の試験場とか、と菜切は言う。

「バス通ってんのか?
 あんまりバス停も見ないが」
と言うと、

「一応、ありますけど。
 この辺りに勤めてる人は、だいたい車ですし。

 そんなに需要もないので、一日に何本も走ってないですよ」
と菜切は言う。

 暗い夜道を見ていると、深鈴が、
「幽霊は足がなかったんでしょうかね。
 ああ、いや、幽霊だから、ないって話じゃなくて」
と言い出した。

 言いたいところのことはわかるが、そもそも……。

「足がない幽霊、日本だけだろ」
と言うと、志貴が小首を傾げ、

「でも、足がない幽霊、僕は見たことないですけどね」
と言ってきた。

 ひっ、とタクシーの中が凍りつく。

 志貴は、ああ、そういえば、と言い出した。

「昔、品川の鈴ヶ森刑場跡を通ったとき……」

「やめろ、なんか違う話になりそうだから」
と晴比古はそれを遮る。

「今、話してたのは、幽霊の形態についてじゃねえだろ」
と言うと、深鈴が、

「すみません。
 私が余計な一言を付け加えたせいで」
と苦笑いして言っていた。

「さっき、藤堂さんの事故の話になったので、幽霊が出現する必然性についての話が途中になってたと思うんですが。

 結局、幽霊は殺人を犯すのに、公共機関か、タクシーを使わざるを得なかったんじゃないかと思うんですよ。

 もしかしたら、持田さんのように、事故のときのトラウマで、車に乗れなかったのかもしれませんね。

 でも、バスに乗って、こんな毎日、決まった人しか現れないような通りで降りて殺人を犯すのは、私が犯人です、と言っているようなものです。

 それで、幽霊を装うことにした」

「だから、タクシーか」
と晴比古は言う。

「まあ、バスに幽霊の格好で乗ってもな。
 中、明るいし、おじちゃん、なにやってんのって言われるのがオチだよな」

 志貴が少し考え、
「此処の路線の誰もが使うような場所まで大勢の人に紛れて行って。
 そこから歩けるところまで歩いて、幽霊になって、タクシーで霊園まで行く。

 霊園からあの集落までは歩けそうですもんね」
と言ってきた。

「ああ、そういえば、ずいぶん手前に、コンピュータカレッジとかありますよ」
と菜切が言う。

「じゃあ、その辺りまでバスで移動して、そこから歩いて、幽霊になる、か。
 幽霊が現れてたのは、毎回、決まった時間なのかな?」
と晴比古が問うと、

「そうではないみたいですよ。
 だったら、みんな、その時間にだけ、此処、通らなくなっちゃってますよ」
と菜切が笑う。

 まあ、そりゃそうか、と思った。

「でも、幽霊は結局、実行に移せてないんですよね?」
と志貴が言う。

「そんな風にして、アリバイ工作などしようとしていた人が、殴った藤堂さんを鍾乳洞まで運ぶのは変ですから」

 確実に足がつきますよね? と言う。

「アリバイ工作か。
 なにかしてたんだろうな。
 自分に罪がかからないように。

 そのための下準備として、幽霊を出没させていた。

 でも、幽霊騒ぎは思ったより早く運転手の間で広まり、誰も幽霊を乗せなくなった」

 困ったろうな、と晴比古は言う。

「僕の事故も一役買ってるかもしれないですね。
 あれでまた、かなり広まっちゃいましたから」

 深鈴が窓の外の暗い道を見ながら感慨深げに言っていた。

「菜切さんの車が事故にあったとき、驚いたでしょうね」

 幽霊が、藤堂の事故の関係者だとするなら余計に。

「幽霊が救急車に乗せられたり、現場検証に立ち会ったりするわけにはいかないですもんね。

 事故のあと、菜切さんが意識を失っている間に、幽霊は傘を置き、水を撒いて、現場から立ち去ったんでしょう」

 今、目の前にある暗い夜道に、事故の衝撃によろめきながら、必死にその場から立ち去ろうとする男の幻が見えた。

 見たこともないのに、菜切の言う整髪料の匂いをさせた極普通の男の背中がリアルに頭に浮かぶ。

「この通りを疾走してた男ってさ」

 そう言うと、え? と深鈴がこちらを見た。

「あの喫茶店のマスターが言ってた、この通りを必死の形相で走っていた男だよ。
 それが噂の幽霊じゃないのかな」

 ああ……と深鈴は頷いた。
 そうかもしれませんね、と。

 幕田が助手席から振り向く。

「どういうことですか?」

「この通りに幽霊が出没するという都市伝説を作り上げ、自分のアリバイも用意して、その男はいよいよ実行に移そうとした。

 だが、そのときには、もう誰もこの通りで幽霊を乗せてくれるような酔狂なドライバーは居なかったのさ。

 或る程度の余裕は持たせてはいただろうが、時間通りに動かないと、アリバイが崩れる。

 誰にも乗せてもらえず、それでも、犯罪を遂行しようと、必死に男は走って行ったんだよ、この通りを」

「その犯人になり損ねた男が、今回の事件を起こしたんでしょうか?」

 幽霊としてではなく、生身の人間として、と深鈴が訊いてくる。

「藤堂の意識が戻ればわかると思うんだがな。
 まあ、ひとり話を訊いてみたい人が居るけどな」

 ハルさんだよ、と言ったとき、幕田の肩がぴくりと震えた。

「ハルさんはなにか知ってるんじゃないのか?

 嫌な予感がしたからこそ、定行じいさんをそそのかして、俺たちを此処へ呼び、金まで払って調べさせようとしたんだろう」



 あの場所から仏像が消えていた。

 誰かが持ち去ったようで、ほっとした。

 だが、それは、定行のところにあり、そして、また、消えてしまった。

 噂話のように、仏像はひとり、夜歩いているのだろうか。

 それは、かさじぞうのように、誰かに恩を返すためか。

 それとも、なにかの因縁を運ぶためなのか――。




 暗がりに立つハルは、またあの仏像群の前に居た。

 晴比古が刈った草のせいで、地面がへこんでいるのがよくわかる。

 消えた仏像の重みでへこんだ箇所だ。

「ハルさん、その傘は……」

 夜だというのに現れた定行が後ろから声をかけてきた。

 ハルの手には男物の傘がある。

「いや、そろそろ持ち主に返すべきかと思ってな」

 ハルはそう呟く。

「あの使えない探偵たちが、居所を探し当てるだろ」

 素っ気なくそう言い、仏像が並ぶ山の上の月を見た。

 黄色く、丸い月――。


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