仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

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疾走する幽霊

都市伝説って……

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 仏像が消えた集落の下で晴比古たちは車を降りた。

 今はなにもないその山道の入り口に立って、此処にあったものの気配を感じるように、じっとしていると、菜切が、
「中まで車、入れると思いますよ」
と言ってきた。

「……そうだな。
 一応、車で上がっておくか」

 なにかあったときのために、と晴比古は思う。

 ゆっくり周囲を窺いながら、タクシーで登っていると、菜切が言う。

「でも、都市伝説とかって。
 結局、こうして、なにか元になる話や、裏があったりするわけですよね」

 たぶん、どんな話にも、と言う。

 まあ、此処の場合、都市伝説というより、村伝説だがな、と思いながら、まったく灯りのない道を見る。

 時代劇の撮影でも出来そうな文明のなさだな、と思ったが、よく見ると、上には電線が通っていた。

 この先にかつて多くの人が暮らしていたあかしだ。

 車はかなり高台に上っていた。
 窓から振り返り、さっきの道を見下ろす。

 そこもやはり、真っ暗だった。

 この道を霊園から、この廃村の下まで走ってたのか。

 灯りもつけられなかっただろうしな。

 おのれが幽霊のフリをしているとはいえ、怖かっただろうに。

 この夜道を地蔵を抱えて歩いたかもしない持田を思い出す。

 自分たちの推理が正しいのなら、加害者側の人間も被害者側の人間も同じような執念を持って、この暗闇をひとり歩いていたのだろう――。



 上に着くと、なるほど、廃村があった。

 まだ車は進めるようなので、今でも人が住んでいそうな家を探して、ゆっくりと進む。

 草が生い茂り、荒れた日本家屋を見ながら、深鈴が言った。

「なんで人が住まなくなると、家って、壊れていくんですかね?」

 屋根が落ち、障子は破け、窓ガラスは割れている。

 自分の住んでいたところは補修していたとしても、こんな中に藤堂は住んでいたのか、と思った。

「風が通したりしないからかな?」
と晴比古が言うと、深鈴は感慨深げな顔で壊れた家々を見ながら語る。

「……うちの別荘があった辺りも、誰も来なくなって、あっという間に、みんな、ボロボロになっていきましたよ」

 彼女にとっても、荒廃した家並みは、嫌な記憶を呼び覚ますものなのかもしれないと思った。

「どの家か、表札が出てるのか、和田さんに訊いてくればよかったな」
と晴比古は呟く。

「あ、此処」
と志貴が指差した。

「あんまり壊れてなくて、人の住んでいた気配がします」

 さすが刑事だ。
 なんとなく感じるものがあるらしい。

 そこは、極普通の古い家だった。
 表札は、柴崎になっている。

 車が止まったとき、すりガラスの古い大きな掃き出し窓の向こうで、なにかがすうっと動くのが見えた。

「志貴」
と抑えた声で訊く。

「あれ、霊じゃないよな?」

「先生にも見えてるのなら、人間ですよ」
と一緒にそのガラスの向こうを窺う志貴は言ってくるが。

 いや、俺だって見えるときもあるかもしれないじゃないか。

 見たいわけでは、まあ、ないが……と思う。

「行ってみよう」
「何処が開いてるかな」

「それより、エンジン音で逃げませんか?」
と志貴が言う。

 それもそうだ。

 実は、痕跡くらいは残っていても、こんなバレバレなところに、今も潜んでいるとかないだろうと思って、少し油断していた。

 志貴もだろう。

「降りよう」
 晴比古は車を止めさせ、急いで、そのすりガラスの窓を引き開けた。

 鍵はかかっていない。

 縁側からすぐのところに立っていた人影に向かい、晴比古は呼びかけた。

「持田っ」
 菜切が、はっとした顔で縁側に駆け寄る。

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