七竈

菱沼あゆ

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夕暮れの図書室

焼いて――

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 秋になると鮮やかに紅く染まる七竈の木も、今はただの木だ。

 校庭の隅にあるそれを槻田は黙って見つめていた。

 少し風が強くなってきた。
 七竈は、吹きつける夜風に重そうなほど葉のついた枝を揺らしている。

 ふと、槻田は何かの気配を感じ、振り向いた。

 図書室に灯りがついている。

 ゆらゆらとした光の中、窓際に立つ人影が、なんだか七月のような気がした。

 肩までの髪に少し天然が入っているようなシルエットだからか。

『お前の相手をしている暇がなくなった』

 時折、あの日のことを思い出す。
 少し困ったような顔で自分を見上げていた七月の目。

 ああいう性格だから、文句を言ったりはしなかったが。

 それにしても、
『あ、そう――』
は、ないだろう?

 自分が振っておいて、そんなことを思う。

 もっと他に言いようはなかったかな、と何度も考えた。

 いや、言葉で逃げてどうする。
 あのまま、あいつと付き合うわけにはいかなかったのだから。

 もう一度、図書室を見上げ、呟く。

「俺じゃなくて、別の人間を来させて欲しかったんだがな……」

 他に適任が居ないから仕方ないか。 

 見上げた七竈の木は風にざわめき、こちらに向かい、話しかけるように揺れていた。

   

 焼いて


 焼いて

    焼いて


         焼いて  



       焼いて――

  


 あれから15分。

 まだ三橋は魔方陣の横に立って、黒魔術の本を熟読していた。

「ねえ~、適当でいいんじゃない?」
と生贄、七月はまちくたびれて言う。

 すると、本から顔を上げ、三橋は語り出した。

「うちの親戚、神社なんだが。
 形式をたがえるとロクなことにならないといつも言っている。

 お前知らないのか。
 口をきいてはいけない神事の途中で、一言でも発したら、ほんとうに死ぬんだぞ」

「そういうのって、うっかりしゃべっちゃったショックで心臓麻痺になったりってことなんじゃないの?」

「うるさい、黙れ。
 そこへ立て」
と読み終わったらしい三橋は本を閉じると、魔法陣の中央を指差し、言ってくる。

 七月は三橋の足許を見て言った。

「そういや、あんた描き上げてから、一歩も魔法陣の中に入ってないわね」
「だって、怖いじゃないか!」

 本当にロクな奴じゃないな……と思いながら、七月は言う。

「だいたい、学校に置かれてるような本で、悪魔なんて呼び出せるわけないでしょ?

 それに、なんでそんなに融通きかないの?
 別に人間を生贄にしなくたっていいじゃない。

 料理だって、レシピにある材料がなければ、他のものを使うのよ。
 なんか変えなさいよ」

「何がレシピだ」

 そのとき、途切れ途切れにニュースを読む声が聞こえてきた。

 振り返ると、いつまでもくだらない言い争いをしている自分たちに呆れたのか、三村は窓辺の棚の側で、スマホでニュース動画を見ているようだった。

「うちの学校、電波いまいちだよね」
と呟く三村を睨みながら、三橋は彼に近寄ろうとして、うっかり魔方陣を踏む。

 その瞬間、七月はパサッと机に置かれた黒魔術の本をなんなとなく手に取り、なんとなくそのページにあった文言もんごんを読んでいた。

 慌てて、三橋が魔方陣から出る。

「俺が生贄になるだろがっ!?」

「あんた、美しくもなければ、処女でもないじゃないじゃない」
と言い返したあとで気づく。

「あら。
 これ、途中で、止めちゃいけないって書いてある」

 別にこんなもの信じているわけではないが、儀式の中断はよくないかもな、と思い、ついでに読み続けた。

 三橋も仕方なく三村の横に行き、聞いている。

 静かな夜の図書室。

 聞こえてくるのは、だらっと読む気もなく読む自分の声と、ぷつぷつ、途切れ途切れになっているニュースの音。

『……ンナでは最強と言われる――』

 この呪いが本当に成就したら、どうなるんだろう。

 悪魔を呼び出して、三橋は何を願うの?

 槻田先生の破滅?

 私はフラれたけど、破滅して欲しいとまでは思ってないなあ。

『バンダの剥製……

 人々は……

    ……連休に』 

 七月は本を置いて、三橋たちを振り返る。

「ねえ、もうやめない?」

「……やめない? って――。
 お前、全部読んだろ」

「なんでわかるの?」

 呪文を暗記していたわけでもあるまいに、と思ったが、三橋は、三村と二人、七月の後ろの一点を見つめたまま、ゆっくりとそこを指差す。

 七月がその指先を追うように振り返ると、視界に、巨大なものが立ち塞がった。

 申し訳程度に灯していた蝋燭の灯りを受け、腕を組んだ彼は鷹揚にこちらを見下ろして言う。

「我が名は最強パンダ。
 お前たちの願いはなんだ?」

 非常に愛想の悪い巨大なパンダがそこに立っていた。

 三橋の掠れた声が闇夜に響く。

「パ、パンダに願うことなどない……」




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