七竈

菱沼あゆ

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殺された女

逃げた影

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 なんだって、こんなことに――。

 手を引かれて、道を歩きながら、七月は目の前にある槻田の背中を見ていた。

 手を繋いだまま、離れられるぎりぎりまで離れて付いていく。

 付き合ってたときだって、手なんか繋いで歩いたことないのに。

 いや、手を繋いでるっていうか。

 これって――

 補導されてる?

 はた、と気づいた七月は手を振りほどいた。

「なんだ?」
と槻田が振り返る。

「い、いや、ちょっと補導されてる気がして……。

 あの、大丈夫だから。
 自分ひとりで帰れるし」

「……外に出るなと言ったのに」

 冷たい眼でこちらを見下ろし、槻田は言う。

「一人で夜、フラフラ出歩いてるから、こんな目に遭ったんだろうが」

 うーん。
 そこだけは、ごもっともです、と七月は思う。

「でも、一人暮らしだし。
 夜中に突然、何か食べたくなったり、明日いるもの買い忘れてたりするし」

「じゃあ、一人暮らしをやめろ」

 いや、どうやって!?

「親のところに行くか。

 ぜ……

 叔父さんのところに行くか」

 ……今、ゼンショウって、言いかけなかったか?

 ますます怪しい槻田から更に距離を取る。

「だいたい、お前、おかしいぞ。

 幾つのときだか知らないが、あの七竈の下で恐ろしい目に遭ったのに、何故、親の許にも行かずに、此処に居る。

 そんな場所から逃げたいと思うのが普通なんじゃないのか?

 今まで、誰にもその話をすることさえなかったんだろう?」

「そうね……。
 なんでかしらね。

 自分でもわからないわ」

 見慣れた住宅街の道を見ながら、七月はそう呟く。

 こうしていても、突然、あの道の向こうから、影だけの人間が現れそうな気がするのに――。

 まあ、いい、と槻田は溜息をつき、
「ともかく、家にこもってろ」
と言ってきた。

「犯人はそのうち警察が捕まえてくれる」
「そんなことないわよ」

 なにっ? と槻田は行きかけて振り返る。

「絶対、警察が犯人捕まえるなんてことないわよ」
「お前、身内に警察の人間が居るのにシビアだな」

「身内に警察って誰?」

 槻田は一瞬、止まったあとで、
「……蛭子隆彦だろう」
と言った。

「そうだったわね。

 あのさ。
 でも、どっちかって言うと、積極的に行きたい気分なんだけど」

「積極的になにするつもりだ?」
と警戒したように槻田が訊いてくる。

「いや、犯人捜し」

 槻田が目をしばたたいた。

「犯人はお前がずっと恐れていた影の本体かもしれないんだぞ」

「そうね。
 そうかもね。

 でも、なにか気になるのよ」

 逃げた影――。

 七竈の下でない殺人。

 ゴミ箱に突っ込むような無粋な殺人。

「なにかちょっと。
 違和感って言うか」

 槻田は少し考え、
「しかし。
 まず、被害者の特定が出来ないことにはな」
と言う。

「足の速い女なんでしょ?」

「……お前、この世に足の速い女がどれほど居ると思ってるんだ。
 自分が遅いから何か特殊な人間のように感じてるんだろうが」

 本当にロクなこと言わないな……。

 私はこの人の何処がよかったんだろうな、と思いながら、七月は言った。

「そういえば、隆ちゃんが、今度、うちの学校で陸上大会があるって言ってたんだけど」

「大会の出場者をチェックするのか?
 あの女、学生には見えなかったし。

 社会人で続けてるったら、相当だぞ」

「そうじゃなくて。
 それで気がついたの。

 学生時代に陸上部だった人間の名簿とか残ってるんじゃない? 各学校に」

「まあ、見た目の年齢から、年代を絞れないこともないが――。
 そんなまどろっこしいことしてる間に、警察が行方不明の人間から割り出すと思うぞ。

 第一、運動音痴のお前にはピンと来ないだろうが。
 別に陸上競技でなくとも、バスケでもテニスでも、ハンドボールでも足の速い奴はごまんと居る」

「そりゃそうだけど。
 他に手がかりないし。

 じっとしてるのが嫌なのよ。
 落ち着かない。

 なにかが気になるの。
 わからないけど」

 しょうがないな、と槻田が呟いたとき、誰かが彼を呼ぶ声がした。

「槻田くん……?」

 ――槻田くん?

 振り返りみれば、落ちかけた陽を背に女が立っている。

 そのシルエットには見覚えがあった。

「槻田くんっ。
 やっぱり、槻田くんだ!

 なにしてるのっ?
 こんなところで!」

 ん?
 この声、もしかして、百花さん?

 七月は目を細め、逆光になっている百花らしき女が居る場所を見る。

「……三村?」
と槻田が側で呟くのが聞こえてきた。



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