七竈

菱沼あゆ

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殺された女

矢部さんなら帰りましたよ

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「あれ?
 七月ちゃんっ?

 七月ちゃんは!?」

 少し現場を離れ、戻ってきた隆彦は周囲を見回した。

「ナナツキ――

 矢部さんなら帰りましたよ」

 色の白い、優男風の男がこちらを振り向いて言った。

 三橋とかいう七月のクラスメイトだ。

 うーん。
 この三橋くんといい、槻田先生といい、七月ちゃんの周りは美形が多いな、と思いながら、訊く。

「一人で?」
「槻田が送っていきましたよ」

 ぶすっとした調子で三橋は言う。

「『先生』、『槻田先生』」
と横で人の良さそうな丸っこい相方が付け加えていた。

 なんとなくいいコンビだ。

「……ねえ、槻田先生と七月ちゃんって仲いいの?」

「親戚なんでしょう?
 知らなかったんですか?

 去年くらい付き合ってたみたいですよ」

 えええええっ!?
と辺りに響き渡る声を上げてしまう。

 周りに居た仲間が振り返っていた。

 振り返り、すみませんすみません、なんでもありません、と隆彦は頭を下げながら、身体を一周させる。

 三橋のものらしき溜息が聞こえてきた。

「かなり遠い親戚だって聞いたけど。
 ナナツキとよく似てますね、言動が」

「七月ちゃんは僕ほど間が抜けてないよ。
 一見、そうなんだけど、なんて言うか――」

 時折、見せる瞳が、誰にも気を許さず、構えている感じがして、ちょっと淋しい。

「矢部さんって、ちょっと得体が知れないところがありましたよね、昔から」

 そう言う三村に、
「うん――」
と頷きながらも、

「でも、いい子だよ、ほんとに」
と付け加える。

「ナナツキが好きなんですか?」

 三橋が長身を生かして、上から威圧するように訊いてくる。

 うう、年下に舐められている。

 この顔のせいか、性格のせいか、身長のせいか、と思いながら、
「違うよ」
と隆彦は言った。

「僕、彼女居るし」

 ええっ?
と二人が声を上げた。

「……あの~、僕に彼女が居たらおかしい?」

「いや、だって、そんな幼い顔し……」

 失言だと気づいたのか、三橋は一応、いやいやいや、と語尾を誤魔化してくれる。

「彼女――

 だと僕は思ってるんだけど。

 なんか改めて訊かれると不安になってきた」
と隆彦は青ざめ、胸を押さえた。

 大丈夫ですよ、と三村に慰められる。

「だけどまあ、そういう人が付いててくれるのなら、七月ちゃんは大丈夫かなあ」

「どうですかね?
 あんな大学出たての新米教師なんか役に立ちますかね?」

 三橋の槻田に対する言葉には険がある。

 顔に似合わず、わかりやすい子だな、と苦笑した。

「ああ、あの先生、新しく赴任してきたんだったね。
 この間まで大学生だったにしては、落ち着き払った感じだけど。

 でも、なんで、七月ちゃんと去年から付き合ってるの?」

「教育実習で来てたんですよ」

 へえ、そりゃ、また意外な、と思った。

 そんな短期間に、さっと恋人を作るようなタイプには見えなかったのだが、余程、七月が好みだったのだろうか。

 まあ、七月ちゃん、可愛いけど、と思っていると、

「あの」
と三村が少し考えながら訊いてきた。

「蛭子さんとかって、長いお休みとかとれます?」
「え?」

「こう、海外とか行ったりするような、長い休みを」

「まあ、取れないこともないよ。
 新婚旅行とか、みんな結構海外も多いし」

 僕は、そんな予定もないけど……と少しいじけて言ってしまう。

「海外挙式とかも難しいんだよね~。
 うち、だいたい、みんな式に上司を呼ぶみたいでさ。

 県外での式も難しいのに」

「はあ、まあ、同僚も上司もみんな引き連れて県外に出ることになっちゃいますもんね。

 って、お付き合いされてる方は、海外で挙式したいっておっしゃってるんですか?」

「そうみたいなんだよ。
 向こうの御両親も式を口実に出かけたいみたいで―」

「なんだ、結構話進んでるんじゃないですか」
と言われ、

「いいや、たまたま、結婚式の話が出て、自分はそういう式がしたいって話になっただけ」
と溜息まじりに返す。

「って、そんな話を訊きたいんじゃないよね?

 なに?
 警察官になりたいの?」

「ええ、ちょっと。
 将来の希望のひとつというか」

 三橋が初耳だ、という顔で見下ろしていた。

「そうか。
 頑張ってね。

 想像してたより、更に大変だけど」
と苦笑いしながら言う。

「僕はね、憧れてる人が居てね。
 それで、自分も刑事になりたいなって思ったんだ」

「憧れてる人?」

「仙石善章って、七月ちゃんの叔父さんなんだけどね。
 ああ、七月ちゃんの父方の親戚なんで、僕とは血の繋がりはないんだけど。

 現場に居たいって、頑張って、長い間、第一線で刑事を続けてた人なんだ。

 今はもう、結構、偉い人になっちゃったけどね」
 


 仙石善章ね――。

 ちょっと調べてみるかな。

 三村は、七月ちゃん、気をつけてあげてね、と繰り返す隆彦と別れたあと、県警の刑事と少し話をして、現場を離れた。

「おい」

 極自然に七月のマンションに向かい歩き出したところで三橋が呼びかけてきた。

「お前が警官になりたいなんて初めて聞いたぞ」

 横を歩く三橋は、肩先でこちらのこめかみ辺りを突いて来る。

 彼氏彼女的な身長差なのでできる技だ。

「嘘も方便ってね。
 でも、話してるうちに、それも悪くないかなって思ったよ」

「まあ、警官も堅実な公務員には違いないから、お前には向いてるかもな。

 ところで、ほんとのところ、何を訊きたかったんだ?
 蛭子隆彦が海外に出られるかどうか?」

「全然違うよ。
 ところで、矢部さん、ほんとにマンションに帰ったのかな。

 あまり見失いたくないんだけど。
 蛭子さんにも気をつけてって頼まれたしね。

 矢部さん、携帯、あんまり出ないからねえ」

 なにっ!? と三橋が凄い形相でこちらを向いた。

「なんでお前、ナナツキの携帯、知ってるんだ!」

「なんで知らないの? 三橋」
と言ったあとで、なにやら、めんどくさいことになりそうだと気がついた。

 周りの人間には、そうは見えなかったかもしれないが、本人的には慌ててフォローを入れてみた。

「よかったじゃない、三橋」

「なにがだっ?」

「それはあれだよ。
 矢部さんに男として意識されてるってことだよ。

 僕にはほら、無警戒だから、教えてくれたんだよ」

「……そうか?」

 そうかな、と納得しかける三橋に、ほっとする。

 見た目に反して、単純なやつでよかった、と思っていた。

 この先、何が起こっても、あまり深く追求しないこの性格なら、傷つかなくてすむかもしれない――。

 三村は振り返り、夕陽の中の自分の影を見る。

 七月の話の影響か。

 それがむくりと起き上がり、勝手に駆けていってしまう幻を見た。

「影ってさ」
「あ?」

「意識して見てないから、間で居なくなってても気づかないよね」

「くだらないこと言うなよ」

 そう言っていた三橋だが、少し歩いたところで、気になったように、ちらと後ろを振り返っていた。

 その垣間見える小心者な感じが、なんだかツボで、ちょっと笑ってしまう。

 お前のその可愛らしいところが、矢部さんの好みに合致してればよかったんだけどね。

 そう友のために残念がりながら。




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