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影の正体
何度でも――
しおりを挟む寒い、寒い、寒い。
夏なのに、なんでこんなに寒いんだろう――?
テレビの前のちゃぶ台では、友人がずっとしゃべっているが、耳には入って来なかった。
彼女はひとりでしゃべり続けているので、聞くフリをして立ち上がり、押入れから、閉まってあった薄手のパーカーを取り出す。
まだ寒い。
奥に丸めてあった蛍光オレンジのダウンコートを引っ張り出す。
すぐそこで、テレビを見ながらしゃべっている彼女は、こちらの珍妙な行動にはまるで気づいていないようだった。
そのうち、誰かがアパートの玄関のドアを叩き始めた。
「遥。
遥っ。
居ないの? 遥っ!」
彼女が立ち上がり、玄関に向かおうとする。
ああ、もう勘弁して。
こうして、
何度でも、
何度でも、
何度でも――っ!
まるで、あの七竈の下での出来事のように。
「遥ー?」
と呼びかける声。
ドアを開ける――。
眠い……。
昨日なんだか寝られなかったから、今日はほんとは買い物なんか行かずに寝ていたいんだけど。
七月は目をこすりながら、夜道を歩く。
昨日と同じ道を行くべきか。
いや、警察が居るだろうか。
実は家を出てすぐのところから、背後に人の気配を感じていた。
たぶん、生きた人間のものだと思うが、自信はない。
どうしようかな。
いきなり走り出してみようか。
それとも、立ち止まってみようか。
そんなことを考えているうちに、あのゴミ箱のところに来ていた。
警察はもう此処に用はないのか、あっさり誰も居なくなっていた。
突然、パカリとステンレスの箱の蓋が開く。
中から女が這い出してきた。
七月が足を止め、その光景を見つめていると、背後の気配も止まる。
ずるずるとアスファルトの上に出てきた女は、辺りを見回し、
「……また、此処」
と何処か諦めたように呟いていた。
七月は彼女に向かい、呼びかけてみる。
「あの~、久保麻里さん?」
女はこちらを見上げ、
「……誰?」
と言う。
「貴方の……その、死体を発見したものなんですけど。
あの、お死にになっているのはご存知ですか?」
麻里は小首を傾げたらしい。
折れている首が、がくり、と横に倒れた。
傾げすぎな感じになる。
「あ、知らないんなら、いいです」
と言って、七月は、そのまま行こうとした。
別に無理に上がらせることもない。
気持ちの整理がついて、状況を理解するまで、しばらく彷徨ってみるのも悪くないだろうと思っていた。
だが、歩き出したところで、なにかに、ぐっと足を掴まれる。
振り返ると、先程、警察から身許が判明したと電話があったばかりの『久保麻里』の霊が自分の足首をつかんでいた。
「死んだって自覚がないのに、なにいっぱしの霊みたいなことしてんですか!」
離して~っ!
と身動きとれなくなった七月は叫ぶ。
そのとき、後方で激しい音がした。
麻里からおのれの足を取り返そうと、足を持ち上げようとしていた手を止める。
振り返ると、路上にスマホが落ちていた。
街灯の下なので、灯りに照らされ、ガタガタと揺れている。
音を切ってバイブにしていると、硬いものの上にあった場合、かえってうるさいときがある。
今がまさにそれだ。
スマホはしばらく揺れていたが、やがて止まった。
麻里の霊も自分も音に驚き、そちらを見たまま固まっていたが、やがて、街灯の側の曲がり角から、そっと手が伸び、それを取ろうとする。
小さめの手と、スーツの袖が見えた。
その手を闇から現れた槻田が、ぐっとつかんだ。
「おい!
お前、なんで七月のあと付けてるんだ?」
霊を引きずったまま、七月もそこまで行った。
危ないとは思わなかった。
暗がりから、ちんまり覗いたスーツの柄に見覚えがあったからだ。
「夕方、玄関前に居たのもお前だろう? 蛭子隆彦っ」
そう槻田に怒鳴られた隆彦は、何故か逆に怒り出した。
「先生!
なんで七月ちゃん、外に出してんですか!
物騒じゃないですか!」
「七月が危ないと思って、後をつけてたのか?
個人的に?
県警はそんな指示は出してはいないはずだが?」
「なんで貴方がそんなこと知ってるんですか!」
今にもバレそうなので、更に間を空けて付けて来ていた三橋たちが駆けつけてくるのを見、ようやく気づいたように隆彦は叫ぶ。
「あっ、七月ちゃんを囮に使ったんですね!?
危ない真似をして!」
「俺が付いてる。
そのまま放置しとく方が危ないだろう。
相手がお前だと予想は付いてたからな。
七月がお前の携帯を鳴らした途端に、外でバイブの震える音がしたから」
どういう耳だ。
「何故、七月を付け回していた。
心配だからにしては、こそこそやるのはおかしいじゃないか」
隆彦はアスファルトに手をついたまま、神妙な顔をしていたが、やがて土下座をして言った。
「すみません!
僕がやりました!」
ええっ!? 何をっ? と麻里と一緒に身を乗り出す。
「僕が……
僕が殺しました!
僕が七月ちゃんを!」
「い、いや、隆ちゃん、待って。
私、死んでないから」
ああ、と隆彦は滲んだ涙を指先で拭いながら言った。
「ごめん。
妄想が先に進んでて。
頭の中で、何度シュミレーションしても、七月ちゃん死んでたから――」
なんだかわからないが、嫌な役どころだ、と思いながら、とりあえず、隆彦の話を聞くことにした。
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