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それ、事件じゃないんですかっ!?
この探偵に毒されてきている……
しおりを挟む平川さん、撲殺されてない事件から二週間。
あのおかしな探偵はまだ、此処に居る――。
盛りは過ぎたが、まだ微かに夏みかんの花の匂いが残る萩の街を、相変わらず、机と椅子が一組しかない桂の事務所から夏巳は見下ろしていた。
此処から夏巳の学校の校舎の先端もちょっとだけ見えるのだが。
妙な気分だ。
ついこの間まで、こんなところから自分の学校を眺める日が来るなんて思いもしなかった。
「夏巳、土曜日出かけないか?」
仕事もないのに、なにをしているのか、そのひとつしかないデスクについてノートパソコンをいじっていた桂が突然、そんなことを言ってきた。
は? と夏巳が振り返ると、
「いや、ちょっと津和野に行ってみようかと思って」
と難しい顔をして、パソコンの画面を見たまま桂は言う。
「……先生、津和野に行っても事件は起きませんよ」
夏巳は冷静にそう言ってみた。
此処は、大手探偵事務所が試験的に作った支社なのだが。
早くに成果を上げないと、支社を出す話自体が消えてしまうらしいのだ。
もちろん、支社長として雇われた桂もクビ。
なので、桂は早く事件を解決して、報酬を得なければと、日々、焦って事件を探している。
まあ、報酬が得られればいいんだから、別に難事件じゃなくてもいいわけだよなー、と夏巳は思っていた。
探偵としては、犬探しや浮気調査では面白くないのだろうが。
しかし、この探偵、かなり困った、顔だけ探偵なのだが。
夏巳の母はいたくお気に入りで。
ファミレスで桂と遭遇して以来、日々、おかずを多く作りすぎては、
「あんた、これ、先生に持って行ってあげなさいっ」
と言ってくるのだ。
そういえば、此処にバイトで雇われているはずなのに、仕事がないので、おかずを運ぶだけしかしていないが、と思っていたところに、この話だ。
バイトとしては付いていくべきだろうか……。
しかし、この駄目探偵、顔だけいいので、二人きりで津和野とか。
緊張してしまって息もできなくなりそうなのだが。
いや、今も二人きりなんだが、然程、緊張してはいないが。
二人で出かけるとか、デートっぽいから、どぎまぎしてしまいそうだ。
そんなことを思いながらも、
「行ってもなにも起こらないと思いますよ」
と夏巳は言ったが、
「いや、事件の片鱗くらい見つけられるかもしれん」
と桂は言う。
……そんな、その辺の川でも漁れば、砂金のひとつくらいあるだろう、みたいな感じの話をされても、と思う夏巳に桂は強く主張してくる。
「ともかく、此処でこうしていても埒があかない。
口開けて待っていても、この平和な街では事件なんて起きないんだ。
このままでは、探偵なんていらないじゃないか」
いや、あなた今、ご自分で綺麗に結論出してしまいましたよね? と夏巳は思う。
そう、この街に探偵なんていらないのだ。
事件が起きてないことはないが。
それは探偵が話に噛んで、どうにかできるような類いのものではない。
「あ、そういえば、土曜は駄目です。
うち、体育祭なんですよねー」
とちょっとホッとしながら夏巳は言ったが、桂は、
「体育祭が終わってからでいいぞ」
と言い出す。
どうしても、早く行きたいようだ……。
「でも、体育祭終わってから、津和野に行ったんじゃ、幾ら近いと行っても、五時すぎてますしね~」
「やはり、結構近いのか?」
と問うてくる桂に、
「そりゃ、萩津和野殺人事件っていうくらいですからね」
と夏巳は答える。
だんだん、この二時間サスペンスを参考に探偵をやっている探偵に毒されてきているようだと自分で思いながら。
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