いつか、あなたに恋をする ~終わりなき世界の鎮魂歌~

菱沼あゆ

文字の大きさ
2 / 70
黄昏の記憶

悪い夢を見たようだ

しおりを挟む
 


 黄昏の光に輝く三機の戦闘機が空を横切る。

 あの曲を弾きはじめてから、時折、ふっと脳裏に浮かぶ光景だ。

 まるで、誰かの心に焼きついたものを見ているかのようなそんな感じ――。


 如月真生きさらぎ まおは、ふっと目を覚ました。

 だが、まだ夢の世界から抜け切っておらず、ぼんやりする。

 目の前に、ひとりの男が立っていた。

 腕を組み、こちらを見下ろしている。

 幼なじみの弓削斗真ゆげ とうまだ。

 やたら整った顔立ちをしているが。

 逆らったら斬る、といった感じの武士的な雰囲気をかもし出しているせいか、あまり女子に言い寄られているところを見たことがなかった。

「……なに渋い顔してんの?」

 真生は黙って自分を見下ろしている斗真にそういた。

 どうやら、ここは昼休みの図書室のようだった。

 窓からの風に、タッセルの外れた古びたカーテンが舞い上がり、埃が舞う。

 鼻がむずむずして、くしゃみが出た瞬間、かなり意識が現実に帰ってきた気がした。

 少し距離をとるようにして真生を見ていた斗真が言ってきた。

「……お前、当直だろうが」

 あー、そうだった、そうだった、と言いながら、真生は立ち上がる。

「地理だからなー。
 また運ぶものがあるかもね。

 ありがと、斗真」

 そう言いながら、真生は枕にしていた本を手に立ち上がる。
 行きかけて戻り、もう一度、訊いてみた。

「だからなに渋い顔してんの?」

「……渋い顔などしていない」

 そうこれ以上ないくらい渋い顔で言ってくる斗真に肩をすくめて見せたあと、真生は本を戻し、廊下に出た。

 すると、クラスメイトの夏海なつみが足に包帯を巻いた兵士とともに、こちらに向かい、歩いてきた。

 旧日本陸軍の軍服を着たその男は、埃まみれの身体で足を引きずり、いつも、この廊下を行ったり来たりしているのだ。

 ちょうど夏海が歩いてくるのと一緒になったようだが、霊が見えない夏海はもちろん、気づいてもいない。

 この軍人さんに側を通られると、鼻先にカビと埃の入りまじったような匂いがプンとし、咳き込みそうになるのだが、真生はなんとかこらえた。

 みんなには彼の姿が見えていないからだ。

 ここは昔、病院の敷地内だったらしく、時折、負傷した兵士や民間人、そして、忙しげな看護師たちが横切って行く。

 見える生徒たちが学園七不思議みたいなものを語っていたが。

 こんな場所だ。

 もちろん、七では収まらない。

 地下の階段を歩く白い服の女の霊。

 死体を引きずる女の霊。

 お前に殺されたと言いながら這ってくる男の霊。

 男の霊はたまに足をつかんできたりするが。

 他は特に害はないので、無視するのが一番だと言われていた。

 学校でこれだけ出るんだから、隣の病院はもっと出そうだなあ、と真生は同じ敷地内にある病院を見る。

 かつて、この場所にあった病院は、今は小さな林の向こうに移転し、ヘリポートも有した近代的な建物になっていて、救急救命センターもある。

 同じ敷地内にあるのは、病院とこの学園の理事長が同じだからだ。

 なので、学園には看護科もあるのだが、看護科の建物は、病院の方に併設されていた。

 夏海と兵士の霊が行ってしまったあと、真生は社会科準備室に行こうとしたが、なんとなく図書室の方を振り返る。

 小学五年生のとき、真生は図書委員だった。

 放課後、廊下の突き当たりにある図書室に鍵をかけた真生は、自分の借りた本を胸に抱いて、廊下に出た。

 ふと、背後に何かの気配を感じて振り返ったが、そこには誰もおらず、射し込んだ夕陽が図書室の扉を照らしているだけだった。

 だが、その扉の前に何か赤いものがあるように見え、本を抱いたまま、それに近づいた。

 自分の白い上靴の先。

 床に赤いしずくが二、三滴落ちていた。

 血のように見えるそれは、まだ濡れていた。

 まるで今、落ちたかのように。

 だが、そこには誰も居なかった。

 図書室が誰かを呑み込んだのだと、そのとき真生は思った。

 そんなことを思い出していたとき、
「如月」
と声がした。

 地理の教師がこちらに向かい、歩いてくるところだった。

「ちょうどよかった。
 先週使った地図、持って来といてくれ」

 簡単に言ってくれるが、普通の地図ではない。

 ロールカーテンのように天井に紐で引っ掛けて下げる、厚く、重みのある地図だ。

「あれ、重くないですか?」
と真生は顔をしかめてみせたが、教師は、

「重いな」
と笑ったあとで、

「お前ならヨロヨロ運んでれば、誰か男が抱えてくれるんじゃないか? 斗真とか」
と軽く言い、行ってしまう。

 その斗真は図書室なんだが、と思いはしたが。

 引き返すのもめんどくさく、抱えてくれそうな別の男子を捜すのも、やはりめんどうくさかったので、真生はひとり、備品がしまってある地下資料室へと下りた。

 こんな場所じゃ、妖怪以外、助けてくれてくれるモノなんて居そうにもないけどな、と思いながら。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

処理中です...