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傷の入ったレコード
あんた、なに持ってんのよ
しおりを挟む「おや、百合子さん、こんにちは」
朝、真生が高坂の部屋の窓の下を覗くと、百合子がそこにしゃがんでいた。
彼女の側には何故か、白い花弁に赤い花柱のハイビスカスが繁茂している。
鮮やかな色のハイビスカスは、色の美しさを追求して交配していく際に、匂いを失っていったそうだが、原種のこの白いハイビスカスは微かな良い香りを宿していた。
それにしても、なんでこんなところに芽吹いたんだろうな。
越冬は出来なさそうだが、とそれを見ていると、百合子が、
「こんにちはじゃないわよ」
としゃがんだまま言ってくる。
真生がまだ白みがかった青い空を見、
「おはようございます、ですかね?」
と首を傾げて言うと、そこじゃないわよっ、と怒鳴ってきた。
「あんた、なに持ってんのって言ってるのよっ」
と百合子は叫ぶ。
ああ、と真生はおのれの手にあるものを見た。
高坂の机の上にあったペーパーナイフだ。
いかほどの殺傷能力があるのか知らないが。
「いやいや、昨今、なかなか物騒ですからね」
と答えながら、そんなことより、今、百合子の真横で、見知らぬ男性の霊が一緒に膝を抱えて座っているのだが、いいのだろうかな、と思う。
まあ、本人見えてないからいいか、と思っていると、百合子はこちらを見上げ、
「……あんたここに泊まったのね」
と言ってくる。
「はい。他に寝るところもないので」
と言うと、百合子は爪を噛みながら言い出した。
「何故、高坂さんは私を愛人に選んでくれないのかしらね」
「それは、あなたが普通のちゃんとしたおうちのちゃんとしたお嬢さんだからでしょう」
と真生は答える。
「高坂さんの愛人さんは、何人も死んでるみたいですから。
あなたがそんなことになったら、ご両親に対して悪いと思ってるんじゃないですかね?」
百合子はなにか考える風な顔をしたが、すぐに、ふん、と鼻で笑って見せる。
「うまくまとめたわね。
……高坂さんの愛人らしき女の人、何人か見たことあるわ。
みんな派手な美人だったけど、確かに、どっか胡散臭かったわね。
まあ、せいぜいあんたも死なないようにすることね」
スカートをはたいて、立ち上がった百合子は、デスクに居た高坂に気づき、きゃっ、と可愛らしい声を上げる。
それを見ながら、真生は、そんな可愛らしい素振りを見せても、かなり後の祭りな感じがするんだが、と思っていた。
っていうか、高坂さんの部屋なんだからいて当たり前だろうに。
私がまるで高坂さんがいないかのように愛人さんの話などしていたから、居ないと思っちゃったのかなあ、と思いながら、
「ご忠告、ありがとうございますー」
と言って、真生は百合子を見送った。
窓を閉めると、
「なんだ今のは」
と高坂が顔を上げ、言ってくる。
「あなたの愛人さん希望の方です」
と言うと、高坂はまた帳面に視線を落とし、
「愛人なら、お前で間に合っている」
と言ってくる。
そのまま窓に背を預け、高坂の顔を見ていると、なんだ? と気配を感じたのか、こちらを見た。
ああ、いえ……、と言ったときに気づいた。
そういえば、絨毯の端の方がこんもりヒトガタにふくらんでいる。
また霊かな、と思い、真生が手を伸ばすと、高坂は顔も上げずに、
「それは本物だ」
と言う。
本物の死体だ、と高坂は言った。
め、めくらなくてよかったっ、と真生は慌てて手を引っ込める。
「なんでこんなところにあるんですかっ」
とめくりかけた恐怖でつい、怒ったように言うと、
「知らん。
さっき、お前がトイレに行ったときに、八咫が殺していった。
持って帰れと言ったんだがな」
と高坂は軽く言う。
「……うかつにトイレにも行けませんね。
って、これ、血とか染み込むんじゃないですか?」
と床を心配すると、
「大丈夫だ。
既に、いろいろ染み込んでいる。
薬品とか。
細菌とか、ウイルスとか」
と言う。
「すみません。帰らせてください」
と言うと、どうやって帰る気だ、と笑われる。
そのとき、高坂の手に包帯が巻いてあることに気がついた。
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