いつか、あなたに恋をする ~終わりなき世界の鎮魂歌~

菱沼あゆ

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傷の入ったレコード

あの旋律を

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 廃病院に帰った真生は、焼け落ちている壁近くの病室を覗く。

 この間は、ベッドにマットレスがあったが、今はない。

 高坂の居る朱色の扉は、鉄板がビスで打ち付けてあったりして、頑丈そうなのだが、鍵は開けっ放しだった。

 本末転倒。

 殺し屋入り放題だな、と思いながら、真生はその扉を開ける。

 部屋は暗く、高坂の姿はない。

 そっと寝室のドアを開けると、高坂はもうベッドに入り、休んでいた。

 なんとなく枕許に立つと、高坂は片目を開け、
「ひっそり立つな。
 霊か」
と言ってくる。

「なんで鍵を開けてるんですか」

「いや、こうやって忍んでくる女が居るかと思って」
と言う高坂に、

「寝首をかかれますよ」
と言いながら、この人、熟睡することってないんだろうな、と思っていた。

 疲れそうな人生だ、と思ったのだが、こっちが、
「なに疲れてんだ」
と言われてしまう。

「いえ、何故、私がこんなに過去と未来を行ったり来たりするのかなと考えていたんですよ」
と言うと、

「心当たりはないのか」
と言いながら、高坂は起き上がらないまま、こちらを向く。

 心当たりならある――。

 そう思いながら、真生は窓の方を見た。

 部屋の前にある小さな池に反射しているのか、薄いカーテンの向こうから差し込む月の光が天井で揺れている。

 なにも話さず、黙っている真生に、高坂が訊いてきた。

「一緒に寝るか?」
と。

 いえ、と真生は言う。

「私の時間軸では、まだ寝る時間じゃないので。
 お茶でも飲んでていいですか」

 そうか、と言って、高坂は目を閉じる。

「お前の好きな紅茶は鍵のついた棚にある」

「……それは鍵を探さないと飲めないという話ですか」

 たまに夏海たちとやる脱出ゲームを思い出し、そう呟くと、阿呆か、と言われた。

 高坂は、枕の下から小さな鍵を取り出し、投げてくる。

「淹れて飲め」

「はい。ありがとうございます」
と真生はそれを受け取った。

 一服盛られないように鍵付きなのかな? と思いながら、真生はあの蓄音機の部屋に戻った。

 気に入っているカップにお茶を淹れ、タイトルもないままの黒いレコードジャケットを眺める。

 いつも高坂が座っている赤い布張りの椅子に座ると、目を閉じた。

 蓄音機は動いてはいないが、頭の中にはあの曲と――。

 そして、曾祖父から聴いたあの旋律が流れていた。



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