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蘇りの書
魔法陣
しおりを挟む「……高坂さんは、子供の頃、致死率の高い病原体に侵されて、死にかけたんですよね?」
一体、どんな、と言いかけると、高坂は顔を上げ、
「その話は今はタブーになっているが、どうしても聞きたければ、婦長にでも訊け」
と言ってきた。
「え? 婦長?」
「そのとき立ち会った看護婦は、今の婦長と当時婦長だった、うちの母親なんだ」
高坂の母も今はもういないようだった。
「婦長が話してくれるかはわからないがな」
と言う。
……そういえば、病原体は何処だとあの男は言っていた、と思い出しながら、真生は訊いた。
「わかりました。
軍が探しているのは、怪しげな蘇りの秘術などではなく。
その海外から持ち込まれたという病原体なんですね?」
「そうだ。
父親がサンプルとして残していたという噂があるからな。
だが、その在りかは俺も知らない。
だから、軍はこの病院に、というか、廃病院に俺を住まわせ、探させてるんだ。
あの病原体は、感染力が低く、致死率が高い。
いろいろ使い道があるだろうよ。
万が一……」
と言いかけた高坂の言葉を真生がつないだ。
「万が一、広まってしまっても、高坂さんという治癒した人間がいる。
ならば、病気に対する抗体を持つ高坂さんの血液が治療に使えるかもしれないですよね。
100%効く保証はないし、治療できる人数は限られるでしょうが」
「だが、軍の上層部の人間はどいつも、それで自分だけは大丈夫かもなどと呑気に思ってるんだろうよ」
その感染症のことも治療方法のことも、よくわかってないんだろうしな、と高坂は軽く言う。
「だが、俺がその怪しい蘇りの秘術で蘇っただけの人間なら。
この日本に抗体のある血液を持つ人間はいない、ということになるわけだが」
高坂に抗体があるのかないのか。
そして、この病院にその病原体があるのかないのかで、軍の、高坂と病院に対する態度も変わってしまうことだろう。
「……越智哲治さんは、あなたの蘇りを見られたんですか?」
真生はそう高坂に訊いてみた。
「いや、その頃にはもう、哲治さんは亡くなっていた」
と高坂が言ったとき、
「高坂」
と声がして、ノックを終えるか終えないかのうちに、ドアが開く。
八咫の姿を認めた高坂は、
「来たか。
早く持って帰れ、真生がうるさい」
とすぐさま文句を言っていた。
いや、私がうるさくなければ、放っておいていいのですか。
匂いが出ますよ、と思いながら、真生はその言葉を聞く。
「じゃあ、この絨毯に丸めて持って帰っていいか」
八咫は足許の古いが高そうな絨毯を見て言う。
「新聞紙じゃないんだぞ」
と高坂は眉をひそめたが、駄目だとは言わなかった。
八咫は、じゃ、遠慮なく、と上に乗っている机等を退け、絨毯で死体を丸めて担いだ。
露になった木の床に、光の加減により、黒いシミのようなものが見える。
なにかが板の深い部分に沈殿しているような黒ずんだ痕。
図形のようだ。
「……魔方陣」
と真生は呟く。
八咫が覗き込み、
「こりゃあ、反魂の術が使える病院だと言われても仕方ないな」
と笑う。
「木だからからかな。
染み込んだ血の痕が消えないんだよ」
そう高坂は真生に言ったように説明していたが、消えないのはそのせいではないようなした。
この魔法陣。
血で描かれているのか。
かなりの量の血のようだ、とその複雑な図形を見ながら真生は思う。
これだけの量の血をひとりの人間が流したとすると……。
命を賭けるというのはそういう意味か、と気がついた。
そこで高坂は笑い、
「火で焼けば消えるかもな。いつかのボヤみたいに」
と言う。
高坂もやはり、昭子が蘇りの術を使ったのではないかと疑っているようだった。
恐らく、院長が怪我をしたり、秋彦が消えたりしたあとに、あのボヤが起こったのだろう。
「……院長が怪我したのと、津田秋彦が消えたのと、どちらが先でした?」
「確か、秋彦の方だったな」
と言う高坂の言葉に、もしかしたら、秋彦が消えたことで、二人は言い争ったのかもしれないな、と真生は思った。
それにしても、昭子はどうやって、その難解な文章で書かれた蘇りの術を使ったのだろう。
まあ、この部屋には簡単に入れそうだが。
本を手に入れたとしても、解読する時間が必要だよな、と思う。
見た目の印象で判断しては失礼だが。
昭子は流行りのものやファッションなどに興味はあっても、学問の方には興味のない人間に見えたのだが。
「まあ、そんな怪しい話はいい」
と八咫は切り捨てるように言ったあとで、
「院長のことだが、そろそろ包帯を外させてもいいんじゃないか?
松村とかいう医師にも確認しろ。
あれが秋彦なら、夫人も失脚させられる」
と言う。
夫人がこの病院に残っていたら、高坂を理事長に仕立て上げたところで、思うようにならないだろうと思っているようだった。
「これ以上、疑心暗鬼な状態を長引かせるなと上からも言われている」
了解、と言いながら、高坂は真生の手から本を取り、棚に戻した。
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