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蘇りの書
外された包帯
しおりを挟む看護師たちも集まった院長室の側の部屋でそれは行われた。
これ以上の騒動は困るという軍の上層部からのお達しだということで、八咫立ち会いのもと、院長の包帯を外すことになった。
ゆっくりと昭子夫人が包帯を落としていく。
看護婦たちも、息をつめて見つめていた。
だが、その下に現れたのは、多少傷痕はあるものの、まぎれもない院長の顔だった。
怪我のせいか、落ちくぼんではいるものの、くっきりとした造りの目許。
バランスのいい鼻と口。
高坂と兄弟だというが、あまり似ていないダンディな感じの男前だった。
院長の顔を確認して、みなは緊張が解かれたように、ほっと息をつき、昭子は満足そうに微笑んだ。
だが、院長が目を伏せ、
「おぞましいものを見せてしまいました」
と呟いたのを真生は聞いていた。
「おぞましいものを、か」
解散したあと、廊下を歩きながら真生は呟く。
「気になるのか」
と院長の近くに居たので、その呟きを聞いていたらしい八咫が訊いてきた。
「なにがおぞましかったんでしょうね?
確かに額に少し縫い合わせた傷はありましたけど、おぞましいって程ではなかったですよね」
「やはり、中身は秋彦で、院長の顔がおぞましいってことじゃないのか?」
と高坂が適当なことを言ってくる。
「院長の顔、別におぞましくないじゃないですか。
かなりの男前ですよね。
ちょっと濃いですが。
昭子夫人は院長のなにが気に入らなかったんでしょうね」
と言うと、
「顔の問題じゃないってことじゃないのか?」
と高坂は言うが。
「でも、津田秋彦は男前だったんでしょう?」
「男前というより、優男だな」
綺麗な顔をしていた、と言う八咫に、
「高坂さんとどっちがですか?」
と真生が問うと、八咫は、うーん、と二人の間に居る高坂を見、
「高坂だろう」
と言う。
「めちゃめちゃ八咫さんの中の高坂さんの評価、高くないですか?」
「別に高くはないし、私の好みでもない。
一般的な評価としてだ」
いや、八咫さんの好みでも困るんですけどね、と思いながら、
「仲いいんですね」
と真生は言ったが、八咫は、
「誰がいいものか。
こいつと話してると虫酸が走る」
生理的に嫌いなんだ、と吐き捨てるように言っていた。
だが、高坂はそれを笑って聞いてくる。
その顔を見ながら、
「それでもずっと一緒に居るんだから、仲いいんですよ」
と真生も笑った。
「お前も個人的に俺の顔が好みだろう」
こちらを向いてそう言ってきた高坂にどきりとしながらも、
「最初のときにあなたに見惚れたのは、幼なじみとそっくりだったからで」
と言い訳をしようとした。
だが、
「じゃあ、お前はその幼なじみに見惚れるのか?」
と言われ、
「見惚れないですよ、いつも見てる顔なのに」
とうっかり言ってしまう。
しまった。
見惚れたじゃなくて、驚いた、と言えばよかった、と思いながら、
「ちょっと夫人の様子を見てきますね」
と真生は足早に歩き出す。
「分が悪くなって逃げたな」
という高坂の声が追いかけてきた。
ほんとうにどこまでも人を追い詰めようとする人だ。
殺されかけて当然だな、と思っていた。
「追わなくていいのか」
真生が行ってしまったあと、八咫は高坂にそう訊いてきた。
「構わん。
まだ大丈夫だ」
まだな……と思っていると、八咫は、こちらを見、言ってくる。
「俺は最初、お前が殺したのかと思っていたよ」
院長をか? と訊くと、
「違う。
秋彦をだ。
あれを消したのは俺じゃない」
そう言って、八咫も帰っていった。
高坂はひとり、廃病院の部屋に戻る。
蓄音機であのレコードをかけながら呟いた。
「真生。お前は見惚れないよ。
弓削斗真にはな」
窓の外の道、まだ点消方が灯りをつけに来ていない、ガス燈が見えた。
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