いつか、あなたに恋をする ~終わりなき世界の鎮魂歌~

菱沼あゆ

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創立記念祭

未来に居るお前のために――

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 八咫はそこで笑い、

「既に効力はほとんどないうえに」

 つまらない病原体だった―― と言う。

「今となってはな。

 今の薬なら、隔離する間もないくらいに治る。

 もともとは海外から持ち込まれた病原体だ。

 いつか別のルートで入り込んだときのために高坂の父親が残しておいたんだろう。

 そのことを知られないよう高坂は、病原体は旧館にあると言い、あそこを探してたんだ。

 高坂は自らとともに旧館を爆破することで、もう病原体は存在しないと軍に思い込ませようとした。

 この未来では、すぐに薬を飲めば、寝込むこともなく治るような病原体のために」

 真生が黙っていると、八咫は言う。

「だが、高坂があそこを爆破したのは、軍に病原体を探させないためだけではなかったかもしれないな」

 え? と真生は八咫を見上げた。

 お前のためだよ、と彼は言う。

「お前の未来のため。
 未来に居るお前のためだ。

 ま、女にはわからん、男のつまらん感傷かな」

 八咫はそう言い、少し笑ってみせた。

「真生、高坂が父親亡きあと、いざというときのために、唯一、病原体のを教えていたの、誰だと思う?」

「八咫さんじゃないんですか?」

「俺が教えられても困るだろう。
 俺は軍に言わないでいることは出来ないから。

 俺が罪の意識を覚えないためにも、あいつはそんなことはしない」

 そんな風に八咫は生理的に合わないはずの友を語る。

「津田秋彦だよ」
「えっ」

「あいつ、医師としては立派な奴だし、信念もあったからなというか、あるからな」

 真生は笑った。

 ……それでですか、と。

「そういえば、高坂さんは、津田秋彦が消えたことを心配しているようでもありましたけど。

 あれは、自分がそのことを知らせたせいで、軍に拉致されて、拷問でもされてるのかもと思っていたのかもしれないですね」

 真生はそこで、一息つき、
「私……シャワーでも浴びてきます」
と言った。

 八咫が、そんな熱演だったか? と言い出す。

「まあ、お疲れだったな。
 今度、ご褒美ほうびに焼き肉でもおごってやろう」

「八咫さん、まだそんなもの食べられるんですか。
 元気ですねえ」

 一体、幾つなんですか、と言って別れたあと、ハイビスカスの花束を手に、真生は体育館に向かった。

 併設されている運動部用のシャワールームを借りるためだ。

 花束は掴んだまま下に下げていた。

 出来るだけに自然にそうなるように。

 顔近くに持ってきて、人の居る場所でまた、うっかりその微かな甘い香りを嗅いだら、泣いてしまいそうだったからだ。

 花を脱衣場に置き、そんな熱演だったかという失礼な八咫の言葉を思い出しながら、真生はシャワーを浴びる。

 確かに、汗を掻くほどではなかったが、いろいろと洗い流したいものがあったからだ。

 花の匂い。
 百合子の香水の匂い。

 今もズタズタに引き裂かれたまま転がっている赤い服の女に移っていた花の匂い。

 今とは違う、広まり始めたばかりのシャンプーで自分を洗ってくれた高坂の手の匂い。

 自分を壁に押し付け、口づけてきた高坂が、あのときは確かにそこに居たことを思い出しながら、蒸気で少し温もった壁のタイルに触れ、真生は泣いた。

 頭の上から熱い湯を被りながら。
 




 これで終わりだ。

   さようなら――。





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