70 / 70
エピローグ
エピローグ3
しおりを挟むなんだろう。
夢を見ていたな。
タクシーが着いた瞬間、利樹は思った。
夢の中で、自分はいつも夕暮れの日差しの中、戦闘機を見上げている。
その切なく胸を締め付けるものから離れたくてか、日本を離れていたが。
「間違って、学校の方に着いてしまったようだな……」
利樹はその学園の校門を見ながら呟いた。
すぐそこに病院は見えるのに、ぐるっと回るのはめんどくさいな。
横切れないものだろうかと思いながら、利樹は校門をくぐってみた。
最近は日本の学校もいろいろとうるさいらしいから、不審者かと思われて教師が飛んでくるだろうかなと思いながら。
すると、案の定、白衣を着た茶髪の男がすぐに校舎から出てきた。
養護教諭か、保健医のようだ。
こちらを見て嫌な顔をする。
自分を不審者と思ってのことかと思ったが、男は何故か、
「なるほど」
と頷いたあとで、
「真生の言うことは正しいな。
初対面なのにゾワッと来た。
嫌な感じだ」
といきなり失礼なことを言ってきた。
「……あなたは、この学園の養護教諭か」
と利樹が訊くと、
「いやまあ、隣の病院から派遣されてきてるだけだけど。
あんた、もしかして、八咫理事長が病院の方に新しく来るって言ってたボストン帰りのお医者様?」
と男は訊いてくる。
何故、自分がその医者だとわかったのだろう。
間違って学園の方に来てしまったのに、と思いながら、ああ、と利樹が頷くと、
「そう。
よかったね。医者になれて」
と男は不思議なことを言ったあとで、
「僕の名前は津田秋彦。
先生、お名前は?」
と訊いてくる。
「弓削利樹」
「弓削?」
「ああ、ちょっと名前が変わってるか。
従弟がこの学園に居るんだが」
と言うと、津田秋彦は、なるほど、と笑ったあとで、
「……なるほど、卑怯な男だ」
と何故か斗真を罵った。
そのとき、ちょうど、その曲が聞こえてきた。
礼拝堂の方からのようだ。
あの戦闘機を見たときよりも、苦しくなるような曲が聴こえてくる。
だが、その曲は自分が思っていたような展開を見せなかった。
突然の転調のあと、明るく静かな曲に変わる。
「間に合ってよかったね。
あのパイプオルガンでこの曲聴けるの、最後らしいよ。
じゃ」
と言って津田秋彦は消えたようだった。
古い礼拝堂を見ながら、利樹はそちらに向かい、歩いていく。
扉に鍵はかかっておらず、今にも外れそうな取っ手をつかんで開けた。
曲は既に終わっていたが、誰も居ない客席に向かい、ひとりの少女が深く頭を下げていた。
自分が手を叩くと、ビクリと顔を上げる。
「なかなか上手いな。ここの生徒か?
プロの奏者じゃないよな。
小娘、お前は何者だ?」
と言うと、夕暮れの光が似合うその少女は、ちょっとだけ泣き笑いな顔をして言った。
「真生。
……如月真生」
礼拝堂に居た真生の前に、突然現れた高坂そっくりな男は、弓削利樹と名乗った。
斗真の従兄らしいが、ずっとボストンに居たらしく、日本は久しぶりだと言う。
「医者になる前は、よく日本に帰ってきてたんで、ちっちゃな斗真を遊んでやってたんだ。
遊園地で何回もゴーカートに乗るというから、捨ててくぞ、と言ったら泣いていた」
「……やめてあげてください」
そんなしょうもない話をしながら、二人で礼拝堂の扉を開けたが、もちろん、もう過去に飛ぶことはない。
利樹と話しながら、ゆっくりと閉まる扉を真生は振り返る。
光降り注ぐ黄昏どきの礼拝堂の中に、もう高坂の幻は見えなかった――。
完
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。

完結まで書いていただきありがとうございました。
良いお話でした。一気に読みました。
ラストがもう少しと思うかこれで良いのか…その後があるのか…でも完結ありがとうございます。
ずずちゃんさん、
ありがとうございます(⌒▽⌒)
実はちょっぴりその後のお話があります。
そのうち、更新しようかなと思っています。
ありがとうございました(*^▽^*)
退会済ユーザのコメントです
godisdoraさん、
ありがとうございますっm(_ _)m💦
最近、ミステリーも笑える話の方が多いので(^^;
また、こういうお話も書きたいな~と思ってるんですけどね。
ありがとうございますっ。
頑張りますね~╰(*´︶`*)╯♡