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第一章 オフィスの罠
克己の過去
しおりを挟む「ごめん。
お手洗い、何処かな」
と言う克己を、未咲は、
「こっちです」
と案内する。
縁側を歩く克己は虫の鳴く庭を見ながら、
「いいねえ。
落ち着くよね、こういう家」
と微笑んだ。
「水沢さん」
「なにー?」
「水沢さんは、なにしに、ここに来られたんですか?」
「やだなあ。
未咲ちゃんを送ってきたんじゃない」
「そうなんですか。
『彼女』の日記を探しに来られたのかと思いました」
「へえ。
日記なんてあったんだ?」
それ、今、何処にあるの? と克己は訊いてくる。
「フランスの貸金庫にあって、開くと爆発します」
「君はさ。
いつも、何処までが本気なの?」
笑ったあとで、足を止めた克己がこちらを振り返り言う。
「なんで僕がその存在しているかも知らない日記を探してるとか思うわけ?」
「いえ、カマかけただけですよ。
日記の存在はご存知でしたか?」
「いや、なにかあるんだろうなとは思ってたけど。
結局、君は彼女のなんなの?」
「……妹ですよ」
へえ、と克己は繰り返す。
「日記どころか、妹がいたってのも、初耳なんだけど」
「そうでしょうね」
「ほんとに君は得体が知れないねえ」
「水沢さんほどじゃないですよ。
本当は何者なんですか?」
「……何者でもないよ。
僕は何者でもない」
月が克己の淡い色の髪を透かすように照らしていた。
未咲の肩をつかんだ克己は、側の太い柱に手をつき、顔を近づけてくる。
未咲は、その額にぴしゃりと手をやり、押し返して言った。
「私、水沢さん、結構好きですよ。
そんな風に、わざわざ誘惑してこなくても」
「へえ、そうなの」
と克己は笑う。
「モテて満たされてる人だから、変な気使わなくていいからですよ。
水沢さん、第二に居た姉のことはよくご存知のはずですよね」
「よくって程でもないけど、ご存知ですよ。
おや、いい匂いがしてきた」
と克己は台所を振り向く。
魚の焼ける香ばしい匂いだ。
「なにかなー。
楽しみ」
と手を離し、向こうへ行こうとする。
本当にこの人は、と思ったとき、克己が振り返らないまま言った。
「僕も結構君は気に入ってるよ。
だから、教えてあげよう。
僕は君のおねえちゃんとは、個人的にそう付き合いはなかった。
厄介な美女の一人だと思ってたからね」
「厄介な?」
克己は振り返り、
「言ったろう。
奴ら、常になにか企んでるからね」
と言うので、
「いやあ、きっと、それほどでもないですよ」
と答える。
そりゃ、打算がないかと言ったらあるだろうが。
克己を前に、いつもとは全然違う少女のような顔を見せる灰原は打算だけで動いているようには見えなかった。
だが、克己は、
「甘いよ」
と切り捨てる。
「水沢さん、昔、第二の誰かに騙されたんですか?」
「ほんっとうに君は傷口えぐるね~」
と額に額を近づけ、克己は睨んでみせた。
「あいつらなんて、よりいい男が手に入りそうになったら、前のは、すぐポイだよ」
「……魚、私のもあげますよ、水沢さん」
と思わず、肩を叩くと、
「慰められると、余計虚しくなるから、やめてくれる?」
と言う。
「ともかく、君と、君のおねえちゃんと、その日記とやらに興味があるのは、個人的な理由からじゃないよ」
「誰かに頼まれたってことですか?」
「いや、そうじゃない。
言い方、悪かったかな。
恋愛感情とかそういったものを含んだ理由じゃないと言いたかったんだけど。
ああでも、今、君を入れたのは間違いだね」
「えっ」
「最初に見たときは、美人だから、僕の範疇じゃないと思ったんだけど、そうでもない……」
「魚、焼けましたよ」
いつの間か現れた夏目が、克己の耳を引っ張る。
「魚、焼けましたよ」
と無表情に繰り返す。
「いたた。
お前、それが先輩に対する態度か」
「課長ですから、俺」
「うわーっ。
普段、それ、言われるの、嫌がるくせにっ」
あ、やっぱ、嫌なんだ……と苦笑いしながら、見ていた。
結構、揉めたりもするが、夏目と克己は息が合うようで。
話はどうしても、社内のことになってしまうけれど、笑いながら、酒を呑んだ。
だが、未咲は笑いながらも、考えていた。
個人的な興味で探しているわけじゃない、か。
あの日記、やはり私も気づかない、なにかがあるのだろうか。
取りに行かなきゃいけないな、と思っていた。
フランスの銀行の貸金庫に……。
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