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終章 もうひとつのプロポーズ
どさくさ紛れになにやってるんですか
しおりを挟む外に出ると、長机に腰を預けた桜が腕を組み、こちらを見ていた。
「な、なんですか」
と言ったときに気がついた。
さっき、智久が莫迦なことを言ったときに、既に扉が開いていたことに。
「いや、あのー……」
冗談だって言ってましたよ、と言おうとしたとき、桜が言う。
「ねえ、あんた、殺してもいい?」
殺し屋よりストレートだな、と思いながら聞いていた。
「冗談よ」
と桜は派手に顔を背けて言う。
「私、本当は私に気のない男は嫌いなの。
存在しないと思いたいわ、そんなもの」
そ、そうですか。
まあ、確かに、あんまり、そんな男はいない気もしますが、と思っていた。
桜みたいな匂い立つような美女に言い寄られたら、大抵の男は、ふらふらっと行ってしまうことだろう。
「でも……、私が専務を二千万で買いたかったーっ」
桜が発作のように、わからないことをわめき出したので、
「ちょっと失礼しまーすっ」
とだけ言って抜け出した。
夏目のスマホにかけたが、出ない。
仕事中なのだろう。
急いで、隣のビルに渡ろうとしていると、克己と会った。
「お嬢さん、お急ぎだね。
あっ、もしかして、結果出た?」
「はいっ、たぶんっ」
じゃあ、僕も行こう、と何故か、克己もついてくる。
「夏目と兄妹だったら、僕を本気にさせてくれるんだったよね」
「そんな約束してませんからね」
と言ったあとで、あ、そうだ、と思い出す。
「そういえば、智久さんが教えてやれって言ってたんですけど。
うちのお母さん、死んでませんからね」
えっ、と克己は固まる。
「相変わらずな人なんで、一人でふらっとどっか行っちゃってるだけなんで」
そうかあ、と克己は頭を掻いている。
「気になりますか?」
と言うと、まあ、ちょっと、と言う。
「君のお母さんのことを淫乱女とか言う人も居たけど。
結局、そのくらい魅力があったってことだよ。
いろんな人と噂たったけど、本当なのは、一人だけだと言ってたのを聞いたことがある」
「そうなんですか」
「実は、本当に関係があったのは一人だけかもね」
「そういう親だったのなら、ちょっと私も救われますけど」
と言ったあとで、なんだかその話が気になった。
ただ、なにが引っかかるのかはわからなかったけれど。
今はそれどころじゃないから放っておいた。
夏目の部署にたどり着くと、夏目は部下となにか話していた。
克己と二人で廊下から大きく手を振って合図すると、なにやってんだ、莫迦、という目でこちらを見る。
「落ち着き払ってんな、夏目。
今日辺り結果が出るの知ってるんだろ?」
「あの人、きっと海外も平気なんですよ。
私は苦手ですが」
「別に海外行かなくてもいいんじゃない?
日本の山中とか、樹海にでも、こもりなよ」
「水沢さん、樹海って結構な観光地って知ってました?」
「そうなんだ?
じゃあ、今度行こうよ、二人で。
初デートが樹海ってのも良くない?」
とか莫迦なことを言っているうちに、夏目が来た。
「どうした?」
「どうしたじゃないですよっ。
智久さんに結果が来ましたっ」
「どうだったんだ?」
「……社長の息子さんでした」
あらら、という顔を克己がする。
「じゃあ、後継者レースは専務の勝ちだね」
「そんなことは別にどうでもいいですが」
と言う夏目に、
「メールチェックしてみてください。
こっちも来てるかもっ」
と言うと、わかったわかった、と言う。
「もう~っ。
なんでそんなに落ち着いてるんですか」
「俺にとっては、どうでもいいことだからだ。
言わなかったか? 未咲」
そう言って、冷ややかに見られ、う、とつまる。
「別に私の覚悟が決まってないわけじゃないですよー」
言い訳がましくそう言い、夏目のデスクまで付いて行った。
克己と二人、左右から夏目に顔を寄せるようにして覗いて、
「うっとうしい、散れっ」
と払われる。
「あのー、僕、一応、先輩なんだけどね」
と克己は文句を言っていた。
メールは届いていて、実にあっさり結果は書いてあった。
「兄妹関係 否定」
「やっ……」
「やったあっ!」
と克己と手を合わせて、飛び上がる。
「やったーっ。
よかったですっ、水沢さんっ!」
「よかったね、未咲ちゃんっ」
と抱き合って、喜んでいたのだが、夏目は一人、冷静になにかを見ている。
「どさくさ紛れになにやってるんですか」
振り返りもせず、夏目は克己に文句を言っていたが、
「なにしてるんですか?」
と未咲が訊くと、パソコンを閉じてしまう。
その仕草、どっかで見たな、と思ったのだが、克己の勢いと己れの嬉しさに流されてしまった。
みんなは、一体、なんの騒ぎだ、という目で見ている。
水沢さん、実はいい人だー。
未咲は、自分のことのように喜んでくれる克己に深く感謝した。
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