9 / 28
祈り
おとぎ、縁日を語る
しおりを挟む三人で道を歩いていると、突然、騒がしい音が聞こえてきた。
誰かがゲームセンターから出てきたのだ。
自動のガラス扉が開いた瞬間、ガーッと中から、いろんな音があふれ出してくる。
だが、扉が閉まった瞬間にそれは消えた。
「すごい音じゃな」
驚いて足を止めたおとぎが店内を覗きながら言う。
「まるで、縁日のような騒がしさじゃ」
「縁日か。
最近、行ってないな」
そう渉が言うと、
「江戸は毎日、縁日のようじゃったぞ」
と言って、おとぎは笑う。
過去形だな。
もう帰れないと思っているからか。
いや、違う。
江戸に帰っても、行けないんだ。
吉原という檻の中に閉じ込められているから。
なにも知らない無邪気な武家の娘だったころのおとぎは、どんな風だったんだろうと考える。
「浅草には、見せもの小屋とかあって、面白いぞ」
「ラクダがいたとか聞いた気がするが」
とメガネが言い、
「人魚とか、生き人形とかもいたとか」
と渉も言った。
「小さいときの記憶だから、確かじゃないが。
人魚は見た気がするなあ。
ラクダと生き人形は見ていないが。
生き人形の方は、ちょっと怖いかな」
とおとぎは笑う。
人魚も生き人形も、ちょっと見てみたいと渉は思った。
おそらく、なにも本物ではないのだろうが。
どのように作ってあるのかが気になるし。
本物でないからこそ醸し出せる、怪しい雰囲気のある見せ物小屋に興味があった。
「古い遊園地に残ってる昔のお化け屋敷みたいな感じかな」
とメガネもいろいろと想像してみているようだった。
そのとき、おとぎが足を止めているのに気がついた。
そこはあの住宅と住宅の間の細い路地。
おとぎが現れた小さな社の前だった。
お賽銭箱もないのに、五円とか十円とか社の前に置いてある。
だが、おとぎが見つめているのは、その後ろにある木だった。
社は小さいが、その後ろの木は、そこそこの大きさで。
さわさわと夜風に梢を揺らしている。
「なんだか、この木が気になるんだ。
懐かしい感じのする木なんだ……」
おとぎは憂いをおびた瞳でその木を見上げていた。
「……私には未来が見えると言ったが」
そこまで言って、おとぎは続きを言うのをやめる。
「よし。
帰って歯ブラシを作ってみよう」
「そうだな」
と渉は言って、今の言葉のつづきを追求したりはしなかった。
おとぎが話したくなったら話すだろうと思ったのだ。
「じゃあ、僕はここで。
歯ブラシ、明日、学校に持ってくよ」
と言うメガネに手を振り、別れた。
渉が柳で歯ブラシを作っている間、おとぎは千代紙でちょうちょのようなものを作っていた。
カメが貸してくれたという扇子を広げたおとぎは、千代紙のちょうちょを空中に放り投げる。
すると、まるで生きているかのように、そのちょうちょがひらひらと舞いはじめた。
「浮かれの蝶じゃ」
とおとぎが言う
「吉原の芸なのか?」
「いや、手妻じゃ。
姉さんたちの客に習ったのじゃ」
江戸ではマジックのことを手妻というらしい。
おとぎは今、菜々子にもらった普通の服を着ているが。
華やかな着物をまとい、この芸をやると、蝶のように袖が舞い、かんざしが煌めいて美しいのだろうなと渉は思った。
その夜、怪しいサーカスの夢を見た。
巨大な張子の生き人形が誰も動かしていないのに、サーカスの幕の向こうでうごめいている。
その前で、着物を着たおとぎが、カラフルなちょうちょを舞わせていた。
扇子ではなく、千代紙みたいな色柄の袖を振り、ふわりふわりとちょうちょを踊らせる。
おとぎが来てから、彼女の話を聞いて、想像を膨らませるだけで、見たこともない江戸の町が、手触りを感じるくらい近くに感じられるようになっていた。
41
あなたにおすすめの小説
煙草屋さんと小説家
男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。
商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。
ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。
そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。
小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
私とわたしとワタシの日常
凪司工房
現代文学
大学生の岩根今日子は他人には見えないIF(イマジナリーフレンド)と共に実家を離れ、アパートで暮らしていた。
今日子のIFは五歳の「きょう子」と十五歳の「キョウコ」だ。人付き合いの苦手な今日子だったが、誰にも見えないはずの彼女のIFと普通に接する青年・宮内翔太郎の登場により、何とかバランスを保っていた平穏に見えていた日常が崩れ始める。
これは多感な学生時代に、色々な人間関係に悩みながらも、一歩、大人へと成長していく少女の物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる