38 / 38
召喚っ!
此処ではない何処かへ――
しおりを挟む吉三を心配して、水門は彼を追っていた。
あの森に入り込んだらしい吉三の後につづいて地蔵の前まで行くと、鳥居が出現していた。
鳥居の向こうに社殿はなく、森が薄く霞んで見えている。
今、すぐ側にあるこの世界の濃くくっきりとした木々とは明らかに違う雰囲気だ。
何処かの世界とつながりかけているようだった。
「水門、これは……」
「ど、何処につながってるんだろう」
二人は顔を見合わせる。
自分たちの世界かもしれないけど、そうじゃないかもしれない。
吉三が察したように叫んだ。
「いっ、行かねえでくだせえっ。
まだあっしたちには、姫さんたちが必要なんですっ」
だが、そう叫んだあとで、吉三は、ハッとしたような顔をした。
「すいやせん。
あっし、自分がここから逃げ出そうとしたくせに。
ここではない何処かに行きたいなんて思っちまって……」
だが、その言葉に水門は笑う。
「ちょっと魔がさしただけだよ。
今いる場所から逃げたくなることなんて、誰にでもあるから。
その証拠にそうやって、街のためを思って私たちを引き止めてくれたじゃない」
「……行くんですかい?」
水門たちの覚悟がわかったように、吉三は頭に巻いていてた手ぬぐいを外して水門たちを見送ろうとする。
「またなんかとんでもない世界に行っちゃうかもしれないけど。
行ってみる!」
力強く水門はそう言った。
「私たちがいなくなっても、みんなもう大丈夫だよ。
みんなだけで、きっと充分、街を発展してける。
それに、次の世界が私たちの世界じゃなくて困ったら、私、みんなを召喚しちゃうかもしれないから。
これが永遠の別れじゃないかもよ」
「帰れなくなるだろ、カエルたちが」
「そしたら、また地蔵作って、ここではない何処かに行きたい人に祈ってもらって、新しい世界への扉を開いてみるよ」
そんなお気楽なことを言う水門に吉三が笑う。
「ありがとう。
みんなによろしく」
水門たちはこの世界の代表のようにそこに立つ吉三ガエルに手を振り、別れを惜しみながら、鳥居をくぐっていった。
水門たちが消えたあと、鳥居はまだ残っていたが、真ん中あたりに飛び飛びにおいてあった地蔵が二体消えていた。
それはどちらも吉三が彫ったものだった。
この世界の神のようなものに自らの腕を認められた気がして、吉三は涙した。
吉三はやがて、この世界で有名な仏師になるのだが。
それはまだまだ先の話である――。
ゴーン、と赤い夕空に鐘が鳴り響いていた。
「京都だ……」
水門たちはあの森ではなく、商店街の真ん中に立っていた。
夕暮れどきだというのに行き交う観光客は数多く、今にも弾き飛ばされそうだった。
だが、その中に、修学旅行生たちの姿はない。
もう遅い時間だからなのかもしれないが……。
「実は、あれから何万年も経ったんだったりして。
京都の町って、永遠に変わらない気がするからわからないよね」
ゴーンと鐘の音がいにしえの姿を残す町に響く。
黒い影のように見える五重塔を見上げながら水門は言った。
「幻想的な光景だね。
赤い光が町を満たして……。
こっちの方がまるで異世界だよ」
もうヤンキーではない矢頭を振り向き、水門は笑った。
「もしかして、みんな戻っただけかもしれないし。
行ってみようか。
ホテルどっちだったっけ?」
「……さあな」
異世界で二人きりになったときのように、また手をつないでいた。
水門は矢頭を見上げて、ふふふ、と笑う。
「矢頭くんと私の異世界放流記だね」
「またか。
何処まで流れてく気だ」
赤い夕暮れの空に棚びく雲。
その下には五重塔。
軒先からはうさぎではなく、人が顔を覗かせ、
「おいでやす~」
と客に笑顔で話しかけていた。
赤い空の下に、鳥居も古城の姿ももう何処にもない。
そのまま何処までも二人で歩いていってもいいような気分だったのだが。
広い通りに出た水門はそれを見つけてしまう。
「あっ、うちの学校のバスッ」
水門が指差した瞬間、向こうも気づいたようで、近くの広い場所まで行って、その観光バスは止まった。
黒縁メガネの先生が窓から顔を覗け、叫んでくる。
「紅井っ、何処行ってたんだっ。
警察に通報しようかと思ったぞっ。
矢頭、紅井を探してくれたのか。
すまなかったなっ」
え~、なんでそうなるの~っ、と叫ぶ水門に矢頭が、
「日頃の行いだろ」
と今度こそ、かけていた銀縁メガネをチャッと押し上げた。
「矢頭くん、さっきの格好のまま戻ってきてたら、私だけが先生に攻撃されるなんてことなかったのに~っ」
黒髪詰襟銀縁メガネの矢頭を睨んで水門は叫ぶ。
「なんでもいいから、早く乗れっ」
後続車を気にして、何度も振り返りながら先生も叫ぶ。
窓から、いつも通りの塁が見えた。
こちらを見下ろし、笑っている。
「そういえば、あのコマンド使わないままだったね」
バスのステップを上りながら水門が言う。
「コマンド?」
「『女とチャラチャラする』」
「それは一生使うことないな」
と素っ気なく言いながら、矢頭はバスの狭い通路を歩いてついてくる。
「まあ使うとすれば……」
水門が振り向くと、そこから先は声には出さずに、口の動きだけで、矢頭は言った。
『水門とチャラチャラする』
水門は赤くなりながら、同じ班の塁の横に座った。
「……おかえり」
「ただいま」
塁たちにとっては、わずか一、二時間のことだったろうが。
自分たちにとっては長かった。
それがわかっているかのように塁は微笑み、そう言った。
「座ったか?
出発するぞ~」
先生が言い、水門は斜め前に座った矢頭を見る。
相変わらず、クソ真面目な顔をしてこちらも見もしない。
なんかもう……異世界で一緒に暮らしてた日々も夢みたいな感じなんですけど、とその横顔を眺めながら水門は思っていた。
赤黒いバスの座席のふわっとした布の感触。
みんなが持ってるお菓子の匂いとバスの匂い。
冷ややかな矢頭の横顔。
ああ、なんか……
異世界に行ってたときのことがすべて夢のようだ。
「リアルすぎる、この現実っ」
とつい小声で叫んでしまったとき、塁が横から言ってきた。
「そういや、お前ら、ボロボロにした土産物の金、払ってきたか?」
「あ」
「あ」
と離れた席でも聞こえたらしい矢頭も声を上げる。
「木刀、茶筒、手裏剣っ!」
二人で叫んで立ち上がった。
困った生徒をようやく拾って、ほっと一息ついていた先生もビクリと身を震わせて立ち上がる。
「なんなんだ、お前ら~っ。
矢頭っ、紅井に感化されるなっ」
とロクでもないことを叫ばれた。
いや、その人、総長ですよ、総長っ、と訴えたかったが、言えなかった。
「すみません」
といつもの淡々とした声で矢頭が言い、
「すみません~」
と水門も言って、すとん、と腰を下ろす。
バスの振動が響く中、水門は前の座席の背をつかみ、じっと矢頭の横顔を見つめる。
なにかを訴えるように。
すると、矢頭が振り向き、ちょっとだけ笑って見せた。
異世界にいたときのように。
ようやく、水門の顔もほころぶ。
まあ、また近々、来るだろうから、そのときお金払おうか。
京都も異世界も。
疲れたら、また、
きっと訪れるから。
矢頭くんと二人で――。
何万年も変わらないかのような、いにしえから続く町に、ゴーンッと鐘の音が鳴り響いた。
「京都に修学旅行に行ったら、異世界に着いていました
~矢頭くんと私の異世界放流記~」 完
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
チート能力がヤンキーというのは珍しいというか面白い……。あと金塊も。
草壁コウさん、
ありがとうございます(^^;
おもしろい!
お気に入りに登録しました~
スパークノークスさん、
ありがとうございます(⌒▽⌒)