怪奇迷宮366 ~あやかし探偵と私~

菱沼あゆ

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第一話「壁のシミ、通学路のカゲ」

体育倉庫の霊

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 細い扉の隙間から差し込んだ光が、なづなの影を長く伸ばしている。

 それが重ねられたマットの上まで到達しているせいで、まるで、そこに誰かが立っているように見えた。

「……もしかして、あのときの影?」

 白い壁にいた不思議な男の影が憑いてきていたのだろうか?
 まったく気づかなかったが、と思ったそのとき、

「誰だ。電気消し忘れたの」
と先生のものらしき声が遠くでした。

 パチン、と体育館の電気が消えた。
 真っ暗闇になる。

 えっ?

 光がなければ、影も見えない。

 なにも見えなくなった中、いきなり背後から、

 ……ぴちょん
と水音が聞こえた。

 誰かどこかで蛇口を捻ったのだろうか?

 いや、何処で?

 なづなは音が何処から聞こえているのか探るように、暗闇の中、顔を動かす。

  ぴちょん
    ぴちょん……

 その水音は背後から少しずつ近づいているように聞こえた――。


 
 
 その頃、スマ子は焦っていた。

 ちょっとこらしめるだけのつもりだったのに。

 こんなときに限って、掃除当番だし。
 先生に呼び出されるし。

 これじゃ、いじめじゃない、と宮本に、
「いや、閉じ込めたところで、すでにいじめだろ」
と言われそうなことを思っていた。

 早く助け出して、体育倉庫の鍵、戻しておかないと、先生にバレちゃうし。

 短く折っているスカートの、ポケットの中の小さな鍵を握りしめながら階段を駆け下りていたが、ぎくりと足を止めそうになる。

 下に宮本がいて、こちらを見上げていたからだ。

「新井、潮原を知らないか?」

「し、知らないわよ。
 なんで私が知ってると思うのよ。

 別に親しくもないのに」

 早口にそう言う。

「六時間目の体育のあとから姿が見えないようなんだが」

 宮本の目は、手を突っ込んでいるスマ子のポケットあたりを見ていた。

 ぎゅっとスマ子は鍵を強く握る。
 その体積を消し去ろうとするかのように。

「具合いでも悪くなったんじゃないの?
 あの子、霊がどうとかで学校通えないくらいだったんでしょ?

 保健室に行ってみたら? 大変ね、クラス委員も」
とまくし立てるように言ってしまう。

 まずいな。
 宮本は無駄に賢いから、気づかれてそうだ。

 そう思ったとき、宮本がこちらを見たまま言った。

「保健室にはいなかったよ」
「あのいつもカーテンが閉まってる窓際の呪いのベッドじゃない?」

「今日は開いてた」
 あらそう、と言いながら、通り過ぎようとするスマ子の片手を宮本がガッと掴む。

 宮本の視線が気になり、手を出せないでいたのだ。

「……先生にチクるぞ」
 ぼそりと耳元で宮本が言う。

 顔も近く。
 宮本にきゃあきゃあ言っている女子たちなら、卒倒しそうな状況だったが、今は、それどころではない。

「今すぐ俺を潮原のところに連れていくのなら、誰にも言わない」

 先生にも。
 そう宮本は取引を持ちかけてきた。
 

 
 いきなり、光が戻ってきた。

 隙間から差し込む明かりにあの影も復活したかと、なづなは慌てて振り返る。

 だが、重ねられたマットのところに映っている影は、自分の影のようだった。

 勝手に動く気配はないし、別人の気配も感じない。

 さっき、影が消えたときに、私から離れてしまったのだろうか――?

 そう思ったとき、扉が開いた。

「大丈夫か? 潮原」
 声は宮本のものだったが、扉が開いたところに立っていたのは、ちょっと不貞腐れたような、それでいて、申し訳ないような顔をしたスマ子だった。

「スマ子さんっ」
と人に会えたのが嬉しく飛びついてしまう。

 いや、閉じ込めたのも、スマ子だったのだが。

「なによ、もうっ。
 鬱陶しいわねっ」
とスマ子は手で払うような仕草をしたが、邪険に払い除けたりはしなかった。

「スマ子さん、宮本くん、助けてくれてありがとうっ」
 宮本がスマ子を指さし言う。

「こいつには礼を言わなくていいだろ。
 こいつが閉じ込めたんだから」

「でも、助けてくれたし」

「そっ、そもそも、そんなに長く閉じ込めるつもりはなかったのよっ」

「なんで潮原を閉じ込めたんだ?」
と宮本が訊く。

「だって、なんかムカつくんだもん。
 可愛いし、賢そうだし、先生受けも男子受けも良さそうだしっ」

「先生受けが悪いのはお前のせいだろ」
 心を入れ替えろ、と言われたスマ子は、ぷっとむくれて言う。

「今更、私が入れ替えたって先生たち信じないしっ」

「じゃあ、転校しろ」
と宮本は、すげなくそう言って、さっさと帰ろうとする。

「あっ、待ちなさいよっ、宮本っ。
 この鍵、職員室に戻しておいてよっ。

 あんたなら、いつでも入れるじゃんっ。
 私、先生に呼び出されたときしか入れないんだからっ」

 結局、三人で戸締りをし、宮本に鍵をそっと返してもらって、三人で帰った。

「あの体育倉庫、なんか霊がいますよ」
となづなが語り出すと、

「……それは聞きたくなかったわ」
と耳を押さえてスマ子が言う。

「明かりが消えたとたん、後ろから、ぴちょん、ぴちょんと水音が……」

「やめなさいよっ」

 悪かったわよっ。
 嫌がらせしてっ、とスマ子が叫ぶ。

「それで、私、そのとき、とっても喉がかわいてたんですけど――」

「それはマジでやめときなさいよっ」
とスマ子は青ざめた。

 耳をふさいでいても、声は聞こえているようだった。

 いや、さすがに霊現象の水は飲まないですよ……。

「あんた、恐ろしい武器を持ってるわね」
 そうスマ子はなづなと距離をとりながら言う。

 今の怪談話のことを言っているようだ。

「あ~、うち、こっからバスだから。じゃ」
とスマ子はバス停に向かって走っていった。

「逃げたな」
と宮本が呟く。

 はは、と笑うなづなを見下ろし、宮本が訊いてきた。

「俺はここから曲がるんだが。
 家まで送ろうか?」

「大丈夫ですよ」
となづなは笑顔で答える。

 二人がいなくなったので、あの影のいるところを通るときは一人だった。

 あの影、この場所に戻っているのだろうか?

 早足で駆け抜けるべきか。
 一応、ここにいるのか確認するべきか。

 迷ってなづなは警戒しながら、ゆっくり歩くことにした。

 だが、もう時間も遅く、天気も悪かったので、白い壁に微かに影が見えた気がしたが、よくわからなかった。



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