17 / 17
じゃあ、貴方が犯人です
推理の報酬
しおりを挟む防犯カメラには、ばっちり、牛乳配達おじさんが走って逃げていく姿が映っていた。
こっそり平川さんちに入っていく姿も――。
そのあとすぐ、違う家に空き巣に入って捕まったこのおじさんが話していたそうだ。
以前、あの住宅街の下見をしたときに、坂根の家の防犯カメラがダミーなのを確認していたので、どうせ、ニセモノだろうとタカをくくって、前を通ってしまったと。
そして、事件は、解決し、桂はわずかばかりの謝礼と萩の地ビールとイカをもらったそうだ――。
「平川さん、もうちょっと弾んでくれてたのに、謝礼半分返したって聞きましたよ、先生」
後日、事務所で夏巳がそう言うと、
「いや、だって、依頼されてたわけでもないしな。
そうだ。
今度から、先に依頼してもらって、契約書を交わしてから解決しよう」
と桂は言う。
いや~、解決したの、坂根さんちの防犯カメラな気もしてるんですけどね、と思っていると、
「ところで、夏巳。
お前、うちでバイトしないか?」
と桂が言い出した。
「……バイト?」
と呟きながら、夏巳は室内を見回す。
いつかスチールの棚がずらりと並んだり、所員が増えたりするのだろうと思っていた事務所に、まだ、なにもない。
「あのー、バイトと言いながら、一円も出そうにないのは気のせいですか……?」
と呟くと、桂は冷蔵庫から出してきた冷えたイカを手渡し、
「これやるから」
と言ってくる。
「……美味しいですよね、このイカ」
明神池のところに、たくさん吊るされてる奴だ。
肉厚のプリプリで酒のつまみにも、おかずにもいい。
が、まさかこれが前渡しのバイト代とか? と思っていると、
「この間の推理の報酬だ。
お前が半分推理したんだろ」
と言ってくる。
「……すまんが、金は事務所に押収されたから」
まあ、先生、雇われ所長ですもんね。
しかし、半分推理というか。
先生が当てずっぽうに、なにか言って、それをフォローするために、私が推理していたような気が……と思いながらも夏巳は言った。
「そうですか、ありがとうございます。
でも、ぜひ、先生がお召し上がりください。
美味しいですから、これ」
と言ったのだが、いいから、とっておけ、と言う。
そして、
「そういえば、お前、いつの間にか、俺のことを先生と呼んでるな」
と言われ、
「平川さんにつられたんですよ。
お嫌なら、蒲生さんにしましょうか」
と言うと、
「いや、桂でいい」
と言ってくる。
二人きりの事務所でそんなこと言われると、思わず、どきりとしてしまうではないですか。
夕暮れの窓辺に立つ先生の瞳も髪も茶色く透けて見えて、綺麗だし、と夏巳は思っていた。
「ああでも、人前では先生と呼んでもいいぞ。
なんだか探偵っぽいからな」
二人きりのときだけ、桂と呼ぶとか、余計照れて出来ませんけど……。
でも、嬉しそうに、探偵っぽいから、とか言う探偵、可愛いな、と思っていた。
私よりは、ずいぶん年上なのだろうに――。
「じゃあ、やっぱり、先生って呼びますよ。
先生と名のつくヤツにロクなヤツは居ないとも言いますけどね」
と夏巳が付け加えると、
「お前は本当に一言多いな」
と言いながら、桂が側に来た。
「でも、今回は助かった、ありがとう。
これからも頼むな」
と言う桂に、
いや、これからも頼まれたくはな……
……い、の言葉は心の中でも出なかった。
桂が、頼むな、と言いながら、軽く頬にキスしてきたからだ。
ええええええええーっ。
何故っ!?
この人がこんな小娘を好きになるとかないと思うんですけどっ。
挨拶っ!?
もしや、これが探偵の挨拶なのですかっ?
と動転してよくわからないことを思っている夏巳の前で、桂はさっさとデスクに戻り、上に提出するのだろう書類の続きをノートパソコンで作り始めた。
「あ、あのー、先生」
とおそるおそる呼びかけると、案の定、
「なんだ?」
と今、キスしてきたことなど忘れたように、桂は顔を上げ、訊き返してくる。
「先生って、もしや……帰国子女ですか?」
桂は、いや、と言ったあとで、
「ああ、祖母はフランス人だが」
と付け加えてきた。
真剣な顔をして、パソコンの画面を見ている桂に、
ただ自分の打った文章を見直しているだけなのだろうに。
なんだかわからないが、格好いい、と思っていた。
すると、ふたたび、顔を上げ、桂が言ってきた。
「おい、夏巳。
なにか事件っぽいものがあったら、紹介しろよ」
事件っぽいものってなんだ? と思いながら、
「いや~、先生にかかったら、なんでも事件になっちゃうと思いますけどねー」
と答える。
桂が窓を開けていたので、街を覆う夏みかんの花の香りが此処まで入り込んできていた。
眩しい夕暮れの光を見つめながら、夏巳は思う。
まあ、この平和な町に探偵はいらないと思うけど。
先生が居なくなってしまうと、ちょっと寂しいから――。
「ああ、祥華がいつでもサンタを逃がしていいって言ってましたよ」
と言うと、桂はまるで大事件に遭遇した探偵のような渋い顔をし、
「それはいい」
と言ってくる。
相変わらず、無駄に格好いい。
そう思いながら、夏巳は少し笑った――。
完
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる