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ひとつ、私の願いが叶いました
夫婦なんでしょ?
しおりを挟む「ほら、舞い踊りなさいよ、鯛やヒラメ。
私のおかげで、逸人があんなはっきり告白したんだから」
……すっかり元に戻ってしまったようですね、日向子さん。
翌日、珍しく営業時間内にやって来た日向子はそんなこと言い出した。
ちょっとした照れ隠しなのかもしれない。
いや、そう思いたい……、と芽以は、昨日のしおらしい様子は何処へやら、いつものように高圧的にしゃべり出す日向子に思っていた。
「ところで、あれから、さすがになにか進展した?」
と日向子は逸人の方をチラと見ながら、訊いてくる。
「いえー、相変わらずなんですけど。
今朝なんか、俺が芽以のそばにいると芽以が静たちと浮気をするから、別れてくれ、とかよくわからないことを言ってました」
「……本当に、相変わらずね」
ええ、本当に……。
「っていうか、むしろ、別れてくれってことは、付き合ってるつもりだったのか、とちょっとビックリしましたが」
「いや、なに言ってんの、夫婦なんでしょ」
と日向子は言うが、いやいや、まだ婚姻届は出してませんしね、と思う。
むしろ、あの婚姻届は書き直したい気もしている。
なんだかわからないが、包丁で脅されるようにして書いたあれじゃなくて、ちゃんと好きだと思った今の気持ちで書きたい気がするからだ。
そのとき、静が窓の外を通るのが見えた。
静はチラと中を見て、日向子を見ると、うわっ、という顔をしたが、行きかけて戻ってきた。
そのまま、中に入ってくる。
「……静さん、待ってたんじゃないですよね?」
笑顔で静に手を振る日向子に不安を覚え、芽以はそう訊いてみた。
「違うわよ。
でも、居たらいいな、とは思ってた」
と言われ、ひっ、と身をすくめる。
「静と話してると、あー、駄目な男ねーと思って、圭太をより好きになれる気がするの」
いや……そのわりに楽しそうなんですけど、と思いながら、結局、日向子の前に座った静の注文を取り、芽以は、すすすす、とその場を去った。
厨房から、チラチラと日向子たちの方を窺っていると、
「どうした?」
と逸人が訊いてくる。
「いえ、ちょっとあそこが気になりまして」
と日向子たちを見ながら言うと、
「放っとけ」
と言いながら、逸人は日向子たちのテーブルの料理を出してきた。
それをトレーにのせながら、
「あれ? そういえば、二人ともパクチー抜かなかったですね。
また張り合ってるんですかね?」
と芽以が言うと、
「いいだろ。
パクチー専門店なんだから。
食べられなくて、さっさと帰ってくれれば、それでもいい」
と逸人は言ってくる。
いや……だから、此処、パクチー専門店なんですよね、と思いながら、芽以は料理を運んだ。
静は微妙にパクチーを避けながら食べていたが、日向子は普通に口に運び、顔をしかめていた。
だが、すぐに、おや? という顔をして、もう一口食べて、驚いたような顔をする。
「芽以っ」
と戻りかけていた芽以を呼んできた。
はいはい、なんでございましょう、乙姫様、と芽以が行くと、
「食べられるわっ、パクチーがっ。
嫌なんだけど、もう一口食べてみたいと思ったっていうかっ」
と叫び出す。
「ええっ?」
「っていうか、パクチー専門店来といて、その一言、どうかなと思うけど」
と見事に避けて食べている静が苦笑いして言っていた。
しかし、周りのお客さんたちは、ウェルカム! という顔で見ている。
ようこそ、こちらの世界へ! と言った感じだ。
……すみません。
私はまだ、行けそうにありません、と思いながら、
「よかったですね」
と言うと、日向子は、おや? と気づいたような顔で言ってきた。
「そういえば、なんで、あんた、私に敬語なの?」
「え、今?」
と静が、芽以の気持ちを代弁してくれた。
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