あやかし斎王  ~斎宮女御はお飾りの妃となって、おいしいものを食べて暮らしたい~

菱沼あゆ

文字の大きさ
16 / 110
第一章 鵺の鳴く夜

帝のお渡り

しおりを挟む

「晴明。
 ちょっとお忍びで出かけたい。

 式神で我らの偽物は作れるか」

 そう吉房に問われた晴明は、
「そんな不敬になりそうなものは作れませんが。
 どうせ、御簾の向こうでなにも見えないでしょうから」
と式神で人形のようなものをふたつ作り、御簾の中に置く。

「では、女御よ、参ろう」
と言う吉房とともに、鷹子は牛車に乗って、お忍びで里に出た。

 かなり走った山の中、山桜は散っていたが、ぽつんと一本の大きなしだれ桜だけが咲いていた。

 日はもう落ちかけ、一望できる里は青紫の夕闇に染まっている。

「まあ、素敵ですわね」

 帝はその場所に繧繝縁うんげんべりの畳を二枚敷き、その上に方形の敷物、しとねを敷かせ、更に胡床あぐらという折り畳みの椅子をふたつ置かせていた。

 そのふたつの椅子の真ん中に脚を外側に反らせて彫刻を施した美しい花足けそくの机がある。

 ……これ、仏前で使うやつでは、と鷹子は思ったが。

 しだれ桜の前に二つの篝火かがりびを灯させた吉房は鷹子を茵の上に立たせて笑う。

「どうだ、女御よ。
 『おーぷんかふぇ』だ」

 しだれ桜ももう終わりが近いようで、風が吹くと、花びらが一斉に舞う。

 篝火に照らし出されたその光景を見ながら、鷹子は笑って言った。

「……ありがとうございます。
 では、みんなでいただきましょうか」

 ほんの一切れしかないお菓子を命婦に更に小さく割ってもらい、命婦もいっしょにみんなで花を眺めながら食べた。

「甘くない……。
 けど、野苺の甘酸っぱさでいい感じになってますね。

 ちょっとふわっというか、ぬるっとした感じのカイマクも癖になる味でなかなか」

 ほんの一口ではあったが、鷹子は、にんまりとする。

 でも、改良に必要なのはやっぱり甘味だな、と思っていた。

 今まで見たこともない不思議な菓子に、一同は満足したようだった。

「帝、ありがとうございます。
 とても素敵なおーぷんかふぇです」

 ……うん、と吉房は照れたように俯いた。



 夜、帝のお渡りがあった。

 いや、昼間も来たんだが……と思いながら、鷹子は吉房を出迎える。

「女御よ。
 甘さが足りぬと言っておったから、蜂蜜と甘葛あまづらを持って参ったぞ」

 甘葛あまづらとはツタの樹液を煮詰めて作った甘味料だ。

 上品な甘さで、正直そんなに甘くはないのだが。

 わずかな量を作るのにも大変な労力を要する代物しろものだ。

「もうあの菓子はないのであろうから。
 ちょっと寒いが、けずを持って参った」

 銀の器に入ったかき氷に甘葛をかけていただく。

「いいですね。
 贅沢な感じがします。

 あの、塊のままの氷はないですか?」

「うむ、あるぞ。
 酒にでも入れるか」

 金属の盃に入った甘い酒に、氷を入れると滑り落ちて、かろん、と甲高い音がした。

 鷹子はその氷の塊入りの酒を月に掲げて笑う。

「オン・ザ・ロックですね」

「おんざろっく?」
と訊き返したあとで吉房が言う。

「本当はあそこで宴会をやりたかったのだがな。
 あまり堅苦しいことをして、お前がまたぬえを呼んできても困るしな」

「あれっ? お気づきでした?」
と言って鷹子は笑った。

「いつの間に鵺を飼い慣らした」

 その問いには鷹子は答えなかった。

 また同じ手が使えなくなっては困るからだ。

 だが、吉房には、なにもかもバレている気がした。

「ま、それはともかく、とりあえず、今夜はオンザロックで」

 鷹子は月に盃を掲げる。

「いい夜だな」
「そうですね」

 月明かりと心地よい夜風の中、鷹子は言った。

「ひとつ、歌でも詠みましょうか」

「ほう。
 珍しいな。

 お前が進んで歌を詠むとか」

 夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを

  雲のいづこに 月宿るらむ――。

「ほう。
 素晴らしい歌だが、

 ……まだ夏じゃないぞ」

「そうですね……」

 しかも、百人一首からのパクリだ。

 いや、単にこの歌が好きなのだ。

「もう一杯呑むか」

「はい」

 帝自ら酒を注いでくれ、器に氷を落としてくれた。



 その頃、左大臣 実守さねもりは、

 あの一癖ありそうな女御のことだ。
 狙わぬと言って、油断させたあと奪いにくるかもしれん、
と荘園までわざわざ出向いていた。

 冴え冴えとした美しい月を見上げもせずに、非時香菓と思われる小さな木の周りをウロつく。

 呆れたように部下たちに、
「左大臣、もう戻られませんか~?」
と声をかけられながら。



 朝を待たずに、呑んだだけで帝が帰ったあと、鷹子がひとり寝所に居ると声が聞こえてきた。

「変わった菓子を作ったのではなかったのか」

 ああ、と鷹子は笑い、
「ちゃんととってありますよ。
 破片ですけど」
と言い、枕許にそっと、包んでおいた菓子の欠片かけらを置いた。

「何故、私が人間のあとだ……」

 そんな声に鷹子は笑って言う。

「すみません。
 やっぱり神様が先ですよね」
と。

 強い風に御簾が巻き上がり、思わずそちらを見た鷹子が振り向いたとき、菓子の破片はもうなかった。



                               「第一章 鵺が鳴く夜」 完


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『しろくま通りのピノ屋さん 〜転生モブは今日もお菓子を焼く〜』

miigumi
ファンタジー
前世では病弱で、病室の窓から空を見上げることしかできなかった私。 そんな私が転生したのは、魔法と剣があるファンタジーの世界。 ……とはいえ、勇者でも聖女でもなく、物語に出てこない“モブキャラ”でした。 貴族の家に生まれるも馴染めず、破門されて放り出された私は、街の片隅―― 「しろくま通り」で、小さなお菓子屋さんを開くことにしました。 相棒は、拾ったまんまるのペンギンの魔物“ピノ”。 季節の果物を使って、前世の記憶を頼りに焼いたお菓子は、 気づけばちょっぴり評判に。 できれば平和に暮らしたいのに、 なぜか最近よく現れるやさしげな騎士さん―― ……って、もしかして勇者パーティーの人なんじゃ?! 静かに暮らしたい元病弱転生モブと、 彼女の焼き菓子に癒される人々の、ちょっと甘くて、ほんのり騒がしい日々の物語。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

処理中です...