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第三章 あやかしは清涼殿を呪いたい
おい、陰陽師……
しおりを挟む「女御よ。
何故、それが頭に乗っておるのだ」
夜、訪れた吉房が鷹子に訊いてきた。
鷹子の頭に神様がへばりついていたからだろう。
「はあ、なにやら、怖かったようなんですよ。
中宮様の御簾の向こうに行こうとしたら弾き飛ばされて」
「……だから、お前、神様じゃないのか」
と呟きながら、吉房は神様を見ている。
だが、なんだかんだでやさしいので、そのままにしておいてくれるようだった。
「帝。
左大臣様の周りで今、なにか変わった動きとかありますか?」
鷹子は、
『そもそも、あなたさえ現れねば、このようなことには……っ』
と言う実守の言葉が気になっていた。
だが、何故かそこで吉房がビクつく。
なんなんだ、と思いながら、じっと見つめると、吉房は目をそらし、言ってきた。
「私はそんなこと望んでおらんのだが。
どうも、実守は自身の四の姫を入内させようと根回ししているようだ。
私はそんなこと望んでおらんのだが」
何故、今、二回繰り返しました? と思いながら鷹子は訊く。
「中宮様がいらっしゃるのにですか?」
姉妹で入内すること自体は珍しいことではないが。
娘のひとりは中宮なのだ。
あの左大臣のことだから、他の娘は次の天皇候補に回しそうな気がしたのだが。
こう言ってはなんだが、今の帝がいつまで帝でいられるかもわからないことだし。
「左大臣がなにを考えておるのかなんぞ、私にはわからぬわ。
ともかく、私はもうこれ以上、妻を増やすつもりはないっ」
そう吉房は言うが、
いえ、増えていただいた方がいいんですけどね、私的には……、と鷹子は思っていた。
そして、相変わらず、ただ泊まっていっただけの吉房が、清涼殿に戻る途中で倒れたという知らせが鷹子の許に入った。
「海坊主はなにをしてたんですか」
訪ねてきた晴明に鷹子は訊いた。
これも呪いのような気がしたからだ。
晴明は今、此処には居ない海坊主の気配を追うように後ろを振り返りながら、
「そろそろ海に帰りたがっていたので、帰っていってしまったのでしょうね」
と呑気なことを言う。
……そういえば、夜は庭に立ってたけど、朝には居なかったな。
朝だから、影が薄くなってるのかと思ったのだが。
「東宮様に祟っていただき、抑えていただこうにも。
東宮様が呪いの場から外れられた途端、魑魅魍魎のような輩が、わっと帝に襲いかかろうとしはじめたので。
もはや、東宮様が呪いの最前列に出てくるのは不可能かと」
呪い大行列か。
まあ、いつまでも東宮様の呪いをあてにしても悪いしな……と鷹子は思う。
帝のことも、うらやましいな~くらいにしか呪ってなかった温厚な東宮様。
早く上に上がっていただいて、心静かに過ごしていただきたい、と鷹子は思っていた。
「晴明。
他の帝を狙っているモノは、小物ばかりなのですか?
なにか強い呪いとかないのですか?」
これを抑えたらよいとかあるのだろうか、と思い、鷹子は訊いてみた。
もっとも、その呪いを抑えたら、また次の呪いが芽吹くのだろうが……。
だが、そこで、晴明は黙った。
この男にわからないことなどあるまいに何故黙る、と思いながら、その沈黙に負けずに几帳越しに見つめていると、晴明は小さく溜息をもらしたあとで言ってきた。
「それが今、帝に祟っているもっとも強い呪いは、私の一番苦手な分野のモノなのですよ」
稀代の陰陽師と言われる安倍晴明にもそんなものあったのか……と鷹子が思ったとき、晴明が言った。
「帝ともなりますと、多くのモノに狙われらっしゃいますが。
今、一番強く出ているのは……女性の怨念ですかね」
確かにこの人、女のドロドロとした怨念とか苦手そうだな、と思いながら、いつも通り無表情に整った晴明の顔を眺める。
「それは帝にどなたか、我々とは別に女の方がいらっしゃるという話ですか?」
その怨念が吉房に向いているのかと思ったが、違うと言う。
「そんなことはありえませんね。
帝は斎宮女御様に夢中なので。
ただ私、そう言った分野に首を突っ込むのが苦手だし、嫌なので」
嫌なのでって。
おい、陰陽師……。
「ですからまあ、詳しいことは詳しい人に訊いたらいいかと思いますね」
女の怨念のことは、女の怨念を発している人物に訊けと言うことか。
晴明の口調からして、その人物は鷹子のすぐ近くに居るようだった。
「私が訊いたところで口を割りはしないでしょう。
悪党のことは悪党に悪党が訊いたらいいように。
この世ならざるモノのことは、別のこの世ならざるモノに、また違うこの世ならざるモノが訊くが早いかと存じます」
「……すっごいもって回った言い方してるけど。
女の怨念のことは、女の怨念を発しているナニカに誰かが訊けってこと?」
その訊きに行く方のこの世ならざるものは誰? と鷹子は問うたが、晴明はその答えを避けるように、
「おっと。
長居してしまいましたね」
と立ち上がる。
「陰陽頭たちは帝の許で加持祈祷を行っておりますので、私も合流せねば」
行くぞ、青龍、と庭でぺこりと頭を下げた青龍を連れ、晴明は出ていこうとしたが。
おっと、と言うように立ち止まり、
「ありがとうございます」
と土産にと出していた干琥珀を抱え、去って行った。
意外に甘いものに目がないな……と思いながら見送っていると、頭の上で神様が笑って言う。
「この世ならざる女の怨念のことは、この世ならざる女の怨霊に、浮世離れした女が訊いたら早い、ということじゃろうな」
神様は鷹子の側にあった高坏に飛び移り、干琥珀を抱えると、シャリシャリと齧りはじめた。
なんか無駄に可愛いな、と思いながらその姿を眺める。
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