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第三章 あやかしは清涼殿を呪いたい
誰もが平伏しそうなおいしいもの……と鷹子が思っているもの
しおりを挟む「帝のお具合、いかがでしょうね」
晴明が去ったあと、命婦が心配そうに鷹子に言ってきた。
「陰陽師やお坊さんが来てるんでしょう?
枕許で加持祈祷とか呪法とかやられたりとかしたら、うるさくて寝られなさそうだけど」
帝は、ちょっと困った人ではあるが。
いつもなんだかんだでいい人だ。
照れたように笑うところは可愛くないこともない。
そう思ったとき、いつか同じようなことを考えたことがある気がした。
鷹子は、よし、と立ち上がる。
「どちらへ? 女御様」
「何処にも行きません。
今から、アイスを作ります」
何故っ? という顔を命婦はしていた。
その頃、命婦はハラハラしていた。
ああ、大丈夫でしょうか、帝は。
万が一、いえ、こんな縁起の悪いことを思ってはならぬのですが。
ぽっくりお亡くなりにでもなってしまったら、うちの女御様はどうなってしまうのでしょう。
そんな風に思いわずらう命婦は、いきなり鷹子が立ち上がるのを見た。
「どちらへ? 女御様」
またなにをしでかす気だっ、と怯えながら見上げたのだが、鷹子はその、この世のものならぬ雰囲気を醸し出す美しい目で自分を見下ろし、
「何処にも行きません。
今から、アイスを作ります」
と言ってきた。
「……アイス?
クリームソーダとやらにのせるとおっしゃっていた白くて甘くて、冷たい食べ物ですか?」
「白じゃないのもあるんだけど。
クリームソーダには配色的に白がいいから。
ま、今日作るのは何色でもいいんだけど。
基本の白で行きましょう」
「それを帝にお持ちになるのですか?」
前回、帝が熱を出されたときも、冷たい甘いものを持っていかれていたな、と思い出しながら問う。
だが、鷹子は、うーんと唸って言った。
「帝にも持っていくけど。
ちょっと手土産にしようと思って。
アイス……。
この世で最強の食べ物だわ。
あれを嫌いな人なんているのかしら」
人間どころか、嫌いな霊もあやかしもいない気がする、と鷹子は呟いていた。
「でも、此処でまた問題なのが、食べたら、地獄の業火に焼かれる卵が使えないことなのよね。
まあ、使わないでさっぱりした感じで作るか。
生クリームの代わりはカイマクにして。
バニラもないけど。
あっさりミルクアイスってことで」
斎宮女御様が甘いものを作られる計画を聞いているだけで。
こんなときに申し訳ないが、ワクワクしてくる、と命婦は思っていた。
「そして、晴明も忙しいから、冷やしてくれるあやかしも使えないのか。
氷って、まだあったっけ?」
と鷹子が振り向き訊いてくる。
なんでもお命じくださいっ、と思いながら、
「陰陽寮の地下洞穴に少し」
と答える。
「そう。
悪いけど、誰かに、とってきてもらって。
あと、古いのでいいから鞠も」
鞠……? と命婦は首を傾げた。
レッツ アウトドア クッキングッ!
……と叫んだところで、誰にも理解されまいな、と思いながら鷹子は持ってきてもらった蹴鞠をほどいてふたつにしてもらった。
古いのでいいと言ったのに、新品のようだった。
もったいないが、ふたつの鹿革を縫い合わせている馬革を途中までほどいてもらう。
その中に氷と塩を入れた。
それから、ふたつの金属の器を合わせ、紐で縛ったものも入れる。
金属の器の中には牛乳とカイマクと砂糖を入れていた。
「よしっ。
これを用もなく帝を見守ってるだけの人たちに蹴ってもらいましょう」
いや、用もなくって、と命婦は苦笑いしていた。
交代で鞠を持って揺すりながら清涼殿へと向かう。
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