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第三章 あやかしは清涼殿を呪いたい
とっておきのスイーツよりレア!
しおりを挟むどうか御簾をお上げください。
そう呼びかけても、中からはコトリとも聞こえてこなかった。
鷹子が晴明を振り返ると、晴明は察したように頷く。
晴明は命婦たちに先に帰るように促し、自分は近くに潜もう……
としたようだが、そう簡単には行かなかった。
晴明が命婦たちに鷹子を置いてこの場を去るよう言っても、素直に、はい、そうですか、と聞く連中でもない。
「まあっ。
このわたくしが女御様のお側を離れるなど、できるわけもないではありませんかっ」
特に命婦が抵抗しているようだった。
その熱い忠義心に鷹子はホロリと来そうになる。
思えば、伊勢でも宮中でも、命婦は常に盾となり、自分を守ってくれていた。
ありがとう、と肩でも揉みたくなったが、女御の立場でそれをするのは難しい。
それにしても、困ったな。
こんなに人が居たら、中宮様出てこないかも、と鷹子が思っている間、晴明も悩んでいるようだった。
女の扱いは怨霊ではなく、生きた人間でも苦手らしい。
よし、と晴明は覚悟を決めた顔をした。
なにかの術でも使うのかと鷹子は身構える。
ある意味、晴明は術を使った。
秘技『微笑み』。
晴明は、唐突に嘘くさいくらい神々しい微笑みを浮かべた。
嘘くさいくらい神々しいのか。
神々しすぎて嘘くさいのか。
よくわからないが、ともかく、嘘くさい。
笑えたの、この人っ!?
と驚く鷹子の前で晴明は命婦たちに言った。
「あなた方の大切な女御様は、この晴明。
命にかえてもお守り致しますので。
どうぞ、先にお戻りください。
それが叶わぬのなら、少し先へ行ってお待ちください。
皆様が此処にいらっしゃいますと、恥ずかしがり屋の中宮様が姿を現してくださらないのです」
命婦たちは滅多に見られない、晴明の微笑みというレアなものにやられて、ぽーっとしている。
「ささ、命婦殿。
女御様はわたくしが命にかえてもお守り致しますので」
繰り返したせいで、より心のこもってない感がにじみ出すセリフを口にしながら、晴明は、ささ、と命婦たちを促した。
みな、ぼうっと晴明を見つめたまま、誘導され、居なくなる。
命婦だけは、魔物に操られながらも、わずかに残った良心で抵抗する村人のように一度、こちらを振り返ったが。
鷹子は命婦が安心するよう、深く頷いて見せた。
恐ろしいな、晴明の微笑みの破壊力……と思いながら、まだそちらを見ていると、なにかが足許に現れた。
ふわふわした小さなものが身体をこすりつけてくるようなこの感じ。
神様だろうか。
いや、神様は頭の上に載っている……と思いながら足許を見ると、それは真っ黒な猫だった。
御簾の隙間から出てきたらしく、まだ尻尾は御簾の中にある。
鷹子はその場にしゃがみ、黒猫の金色の目と視線を合わせて訊いてみた。
「あのー、中宮様ですか?」
すると、強い風が御簾の中から吹き、すべての御簾が舞い上がった。
目をしばたたく鷹子に向かい、高慢そうな声で誰かが言う。
「お前は阿呆か。
それは妾の飼っておる猫じゃ」
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