あやかし斎王  ~斎宮女御はお飾りの妃となって、おいしいものを食べて暮らしたい~

菱沼あゆ

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第三章 あやかしは清涼殿を呪いたい

御簾の内

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「ふむ。
 これがアイスというものか。

 うむ。
 美味い」

 鞠から出した金属の器には、まだかろうじて冷えているミルクアイスがあった。

 畳に座る寿子は匙でアイスをすくい、食べたあとで、前に座る鷹子を見て言う。

「何故、お前は食べぬのだ。
 さては、毒っ」

 いや、だからあなたに毒効くんですかね~と思いながら、鷹子は言った。

「量がそんなにないからですよ。
 我々はまた作って食べます。

 ちなみに、神様もまだ召し上がってません」

 頭の上の神様をつつきながら鷹子は言うと、そうか、と頷きながら、寿子は言った。

「神様も召し上がっておられぬのに食べさせてもらったのでは恩は返さねばなるまいな」

 帝とお前に祟っておるのは生き霊だ、と寿子は断言する。

「そやつは、お前に強い恨みを抱いている」

 恨み……違うな、と寿子は呟くように言い直した。

「お前をうらやましいと思うておる。
 お前のようになりたかったと」

「私のように?」
と鷹子は眉をひそめた。

「まあ、確かに好き勝手やってはいますけどね~」
と言って、そこではない、と言われる。

「斎宮でちゃんとお役目を務め上げたあと、入内し。

 斎宮女御と崇め奉られ、帝に寵愛されているところを羨ましいと思っておるのだ。

 恐らくな……。

 この上、お前が皇子を産み、その子が東宮にでもなろうものなら、そのモノは更にお前たちに祟るであろうな」

 鷹子はそこで首をかしげる。

「どうやって、子どもができるんですか。
 私と帝の間に」

「どういう意味だ?」

「私と帝は形の上では夫婦ですが、まだその、ちゃんと夫婦というわけではないのですよ」

「そうなのか。
 形の上では夫婦というのと、実際の夫婦というのは違うのだな」

 あの……中宮様? と思ったが、

「私にはよくわからぬのよ、そういうことは。
 ほんとうに吉房には申し訳ないことをしていると思うておる。

 まあ、あれは、なんだかんだで優しいからな」

 つい、甘えてしまって、と寿子は言った。

「そうですね。
 なんだかんだで優しいですよね」

 自分の我儘を聞いて、形式上の妻のまま置いておいてくれるのも、吉房がやさしいからだ。

 ……ん? でも、待てよ、と鷹子は気づいた。

「中宮様も私も形だけの妻なのですよね?
 もちろん、花朧殿かろうでんの女御様も」

 と言うことは、実質、今、帝には妻が居ないということなのでは……。

「帝などという立場になっても、苦労の耐えない男だな」
と幼なじみの寿子は薄情にも笑っている。

「まあ、私が教えられるのはそのくらいだ。
 またなにか美味いものがあったら、持ってくるがよい。

 さすれば、私の口から笑顔とともに、秘密の話がこぼれ落ちるやもしれぬぞ」

 ほほほほ、と寿子は笑った。

「さ、斎宮女御様と神様のお帰りじゃ」

 寿子が呼びかけると、奥から年配の女房がしずしずと出てきた。

「……人が居たんですね」
と鷹子が言うと、

「うむ。
 ひとりでは寂しいし、不便なので、その辺の怪異を捕まえては女房として使っておる。

 これは古狸じゃ」
と寿子は言ったが。

 その女房は狸というわりに、細身で細目だった。

 まあ、古狸だから、自由自在に化けられるのだろうが。

 狸の女房は、にい……と笑ったあとで、鷹子たちを御簾まで先導する。

「また立ち寄るがよい。
 なにか美味いものを持ってくれば、御簾は上がるであろうよ」

 ほほほほ、と笑う寿子の声に送られながら、回廊に出たとき、やってきた左大臣、実守と出くわした。

 実守は、ぎょっとし、
「女御様、今、何処から……」
ともう人気のない御簾の方を窺う。

「中宮様とちょっとお話を」
と言うと、実守はまだ御簾の方を見ながら、

「確かに今、あれの笑い声が聞こえたが……」
と呟いていた。

「古狸さんにも送っていただきましたよ」

 実守は眉をひそめ言う。

「人間の女房も送ったのだが、気が利かないと言ってな」

 はは、そうですか、と鷹子は笑った。

 そんな鷹子の顔を扇越しに窺いながら、実守は慎重な口調で言ってきた。

「……ほんとうに訳のわからぬ女御様だ」

 そのとき、いつの間にか背後に立っていた晴明が、この微妙に緊迫した空気を読むことなく、しゃべり出した。

「いやはや、宮中は何処もかしこも魑魅魍魎の住処すみかですね」

 面白い、と御簾の方を見て笑っている。


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