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ムラサキカガミ
あなたは誰なんですか?
しおりを挟む乃ノ子はイチに言われた通り、親には塾に行くと言い、友だちと塾には用事ができたから休むと言った。
勉強なら今度俺が教えてやるからとか言ってたけど。
あの人、頭いいのだろうかな、と思いながら、教えてもらった番号にかけてみたが、無音で誰も出ない。
もう一度、かけてみた乃ノ子は、外から聞こえる虫の音とは別に微かな話し声が聞こえてくるのに気がついた。
耳を受話器に寄せてみる。
誰かがブツブツ言っている。
最初は聞き取れなかったその声が、
「よね……っ!」
と叫んだが、あまりに声が大きすぎて聞こえなかった。
乃ノ子はガチャンと電話を切ったあとで、イチにメッセージを送る。
「イチさん、電話通じません」
すぐに返事があった。
「休めたのか? 塾。
って、全然鳴ってないぞ、俺の携帯」
「でも、今かけたんですよ。
図書館の外にある、この世ならぬところにかかるという公衆電話からかけてみたんですが」
と入れると、すぐに、
「普通に電話してこいっ」
と入ってきた。
だから、かかんねえんだろうがよっ、と罵られる。
いや……その方が通じそうな気がしたんですけどね。
「昨日送ったメッセージに出てる電話番号クリックしてかけてこいっ」
と言われたので、普通にクリックしてかけてみた。
普通にかかる。
「乃ノ子か」
とスマホから、すぐに低いいい声が聞こえてきた。
「……えっ?
あのっ、誰なんですか?」
「イチだ。
他に誰が出るんだよ」
「AIがしゃべった……」
「AIは普通にしゃべるだろ。
ま、俺はAIじゃないが」
とその声は言った。
よくできたAIだ。
何処も機械的でない、と乃ノ子は思う。
「なんの質問したら、面白い答えが返るんでしたっけ?」
「だから、AIじゃねえっつってんだろ。
でも、ちょっと用事ができて、すぐには行けそうにないんだ。
どうする?
少し待ってるか?」
えっ?
イチさんが此処に来る?
乃ノ子の頭の中では、すごくいい声をしたロボットが、がしょんがしょんと歩いて来ながら、
「待ったか? 乃ノ子」
と言っていた。
だが、そのとき、イチからの音声がところどころ途切れはじめた。
「……よね……」
という雑音が混ざる。
「なんか混ざってるんですけど。
イチさん?
イチさん?」
「あなた……よね?」
という女の声が流れてきた。
だが、
「乃ノ子っ。
おい、暗黒の乃ノ子っ」
というイチの声が何故か足許から聞こえてくる。
「えっ? イチさんっ?」
なんで、下から?
と思って見ると、地面に乃ノ子のスマホは落ちていて、乃ノ子が握っているのは、切ったはずの公衆電話の受話器だった。
ぎゃーっと思って、手を離す。
「莫迦め。
おかしな電話からかけるからだ。
早くそこを離れろ。
大学の門のところまで走れっ。
俺もできるだけ早く行くからっ」
そう言って、イチの電話も切れた。
此処を離れろって?
乃ノ子はぶらんと垂れ下がっている受話器を慌てて元に戻した。
だが、またそこからなにか聞こえてきそうだったからだ。
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