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ムラサキカガミ
イチ
しおりを挟む志田は急いで鍵をとりに行ってくれた。
これであと、イチさんが来てくれれば……。
……って、イチさん、ほんとうに来るのかな。
っていうか、ナニが来るんだろう、と乃ノ子は思う。
イチさんってAIだよね?
イチさんを作った中の人が来るとか?
と思いながらら、ふと部室棟の玄関扉を振り返る。
古い部室棟の扉はくすんだ水色で木製だった。
大きなガラスが縦に二枚はめこんであるので、中が見える。
入り口の外灯がついているせいで、正面奥にある古い鏡がぼんやり見えた。
もしかして、あれ……?
見ると、未来が見える鏡。
自分が映っているようだが、遠いせいもあって、よく見えない。
ただ、鏡に映る自分が、いつもとなにか違うような、と乃ノ子は扉に張りつき、中を見る。
そのとき、鏡の中の自分の後ろに黒い影が見えた。
イチさん?
先生?
と振り返ったが、誰もいない。
え、今のなに……?
ともう一度鏡の中を見てみると、やはり、自分の後ろになにかいる。
そのとき、耳許で声がした。
イチではない。
女の声だ。
「あなたがなにを恐れることがあるの?
……ねえ、……」
そのとき、
「乃ノ子っ!」
と後ろから声がした。
ぐい、と腕を引っ張られる。
よろけた乃ノ子は誰かの胸にぶつかった。
先生ではない。
先生は私を乃ノ子とは呼ばないし。
何処かで聞いたこの声は……と思ったとき、
「なに憑けて歩いてんだ、漆黒の乃ノ子~っ」
と間近に若い男が睨んできた。
この暑いのに真っ黒なスーツを着込んだ長身の男。
あの芸能人、ジュンペイよりも、ビックリなイケメンだった。
独特の雰囲気のある整った白い顔。
乃ノ子は彼を見上げて訊いてみた。
「……服が黒いから暗黒のイチなんですか?」
「莫迦か、お前は。
暗黒で漆黒なのは、お前だろ」
俺は禁断のイチだ、と男は罵ってくる。
「福原っ」
少し離れた場所から声が志田の声が聞こえてきた。
「大丈夫か、福原っ。
ナンパなら殺っていいと言ったろうっ」
鍵を持った志田が現れる。
「いや……すみません、先生。
この人がタウン誌の記者の人です」
まだ、生きたイチがそこにいるのが信じられないまま、乃ノ子は言ったが。
部室棟入り口のコンクリートの階段を上ってきた志田は胡散臭げに上から下までイチを見て、
「いや、お前。
こんな男前のタウン誌の記者とかいるか?」
ととんでもない偏見を述べてきた。
だが、言いたいところのことはわかる。
別にタウン誌の記者にイケメンがいないと言っているわけではないのだろう。
顔が整っているだけではなく、ちょっと普通でない雰囲気がイチにはあったからだ。
切れ長の目の奥の吸い込まれそうな黒い瞳を見ていると、そのまま別世界に入り込んで帰ってこられなくなりそうな感じがある。
「すみません。
ほんとうはタウン誌の記者さんじゃなくて、猫と都市伝説を集めている探偵さんです」
そう乃ノ子は白状した。
だが、イチは、
「猫は集めてない」
と細かいところを訂正してくる。
「あのとき、たまたま探してただけだ」
だが、志田はまだ怪しんでいるようにイチを見ながら訊いていた。
「なんで探偵さんが都市伝説なんて集めてるんですか?」
「いや、都市伝説がらみの失踪事件とか起こったりするから、あらかじめ調べておこうかと思って」
イチさんのセリフにしては、まともだ。
……いや、まともすぎて違和感が、と乃ノ子が思ったとき、イチが鏡を見て言った。
「だがまあ、この鏡は、別に普通の鏡のようだが」
「え? そうなんですか?」
と鏡を覗き込もうとした乃ノ子の目をイチが後ろから片手でふさいだ。
「……鏡は普通だ。
だが、今、見るな」
お前はその身に余計なものを貼りつけている――。
そうイチは言った。
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