19 / 94
ムラサキカガミ
ムラサキカガミの真実
しおりを挟む「よ、余計なものってなんですか」
乃ノ子は目をふさがれたまま、イチに訊いてみた。
「その鏡はただの鏡だ。
少し映り方がおかしいようだが」
えっ? と乃ノ子は振り向こうとしたが、イチに腕もつかまれているので動けない。
「だが、お前はよそで余計なものを拾ってきている。
たぶん、あの公衆電話だ」
そう言いながら、イチは乃ノ子から手を離した。
鏡が遠くに見えるが、おかしなものは、もう映ってはいなかった。
乃ノ子しか映っていない。
映っていない……。
「あの~……。
おかしなものが映る以前に、貴方が映ってないみたいなんですけど」
そう乃ノ子はイチに訊いた。
志田は立っている位置の関係で映っていないようなのだが。
イチは乃ノ子の真後ろにいるのに映っていない。
「ああ、すまん。
気を抜いていた」
と言いながら、イチは呑気に出してきた煙草に火をつける。
闇夜に浮かぶその火を見ながら、志田が眉をひそめた。
「此処、禁煙ですよ」
と言ったが、イチは煙を吐き出し、風に流れていくそれを見ながら言う。
「いやなに。
吸いたくて吸ってるわけじゃない。
ヘビでもいぶし出すように、霊を祓おうと思って」
線香だとでも思ってくれ、と言いながら、イチは乃ノ子の方にその煙草の先を向ける。
乃ノ子が煙草の匂いに咳き込んだ。
煙草を咥え、イチは改めて鏡を見て言った。
「なるほど。
これは女性たちに夢を与える鏡だな」
「えっ?」
「お前の従姉とやらにも、よく話を聞いてみろ」
志田は、さっきまで映っていなかったイチが鏡に映り、普通に目の前で語っていることが逆に怖いらしく。
青ざめた顔で訊いてきた。
「……福原、俺は起きたまま夢でも見てんのかな」
「じゃあ、先生と私、同じ夢見てるんですね。
オソロイですね……」
はは、と乃ノ子も志田も鏡に映るイチを見ながら力なく笑う。
でも、イチさんに関しては、鏡に映らないことより、この出来すぎた美貌が怖いんだが……、
と乃ノ子は、すぐそこに居るイチを窺いながら思っていた。
それからすぐに乃ノ子はスマホから従姉の友子ゆうこに電話した。
「なによー。
もうひとりで鏡見に行っちゃったのー?
土曜にオチ話そうと思ってたのにー」
……オチのある話だったのか、と乃ノ子が思ったとき、
「いやいや、私の未来が変わったのはほんとうなのよ」
と友子が語り出す。
「友だちの道香がさ、あの部室棟の鏡の話を教えてくれたのよ。
あの鏡、綺麗に映るんだよって。
なるほど、いつもとなにかが違うなって思って見てたの。
そしたら、あの鏡、実際よりやせて映る鏡だったのよ。
私の部屋にはユニットバスにある小さな鏡しかないじゃない。
身体まで映んないのよね~。
だから、暴飲暴食しても、あの鏡見ると安心しちゃってさ」
太っていっている自分に気づかなかったと友子は言う。
「そんなこんなで私が体型崩してる間に、鏡のこと教えてきた道香が相沢くんと付き合いだしちゃったのよっ。
呪いよっ。
鏡の呪いにして、道香の陰謀よっ」
「……いや~、それたぶん、鏡関係ないんじゃないかなあ。
友ちゃん、そんな太ってないし」
という言葉が、果たして、彼女にとって慰めになるのか、トドメになるのか難しいところだった。
大抵の場合、女子の言う『すごく太った』は、他人が見たら、
……どの辺が?
と首をかしげる程度のことなのだ。
だから、たぶん、フラれたのは鏡のせいで太ったことが原因ではない。
だが、友子は叫ぶ。
「あの鏡のせいで、私と相沢くんが付き合う未来が消えのたよーっ」
ま、まあ鏡のせいにして気が晴れるなら、と乃ノ子は思う。
でもそうか、それで、あんたには効果ないかもと言ったのか、と気がついた。
乃ノ子のうちには、全身を映す大きな鏡があることを友子は知っているからだ。
「しかし、納得いきませんねえ」
スマホを閉じて、乃ノ子は言った。
「なにがだ」
とイチが訊いてくる。
「鏡は結局、ただの鏡だったのに、前回より怖い目にあったような……」
「そりゃ、お前が余計なことして、おかしな動きをしたからだろう。
そうだ。
この大学に運命が変わる鏡があるとかウワサ流してみろよ。
そのうち、ほんとうになるかもしれないぞ」
鰯の頭も信心って言うだろ、と言うイチに、志田が言う。
「いや、うちの大学のおかしなウワサを流さないでくださいよ、探偵さん~」
志田のその言葉を聞いたとき、何故かイチは、ふっと笑った。
思わず見惚れてしまうような、この世界から遠いところにあるような笑みだった。
はっ、見入ってしまった、と乃ノ子が正気に返ったとき。
何故か、志田も、はっ、見入ってしまったっ、と正気に返ったようだった。
いや、センセー……と思ったが。
確かに男でも見惚れそうな顔だった。
志田に礼を言って別れ、乃ノ子はイチとふたり、夜道を歩く。
「すみません。
今回、なんにもならなかったですね。
ああ、鏡のウワサが広まれば別ですが」
「そうでもないぞ。
ひとつ手に入れたろ、『此処ではない何処かにつながる公衆電話』」
「あ、そうでしたね……」
「あとでまとめて都市伝説アプリのメモに入れとけ。
一応、鏡の話も」
と言ったあとで、イチは短くなった煙草の最後の煙を吐き出して言う。
「……ところで、お前。
なんであの公衆電話のことを知ってた」
乃ノ子は考える。
「聞いたからですよ」
「……誰から?」
トモダチから……、
そう呟くように言う乃ノ子の頭には、陸橋とその向こうに見える夕陽が浮かんでいた。
「ねえ、知ってる――?
友だちの友だちが言ってたんだけど……」
「ムラサキカガミ」完
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
