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ホンモノの出るお化け屋敷

私からもひとつ教えてあげる

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「じゃあねー、乃ノ子ちゃん。
 今度また何処かで会ったら、ゆっくり話そうねー」

 ジュンペイは仕事があるから、と帰っていってしまった。

 いや、芸能人様と今度また何処かで会う機会などなかなかなさそうなのだが。

 生きているが芸能人と、そもそもが生きているのか怪しい人。

 どちらもレアキャラだな、と怪しい人の方と取り残された乃ノ子は思う。

「せっかくだから、遊んでくか」

 遊園地の中を見回し、イチが言う。

「あのー、此処の都市伝説調べなくていいって言ったのは、ジュンペイさんの話だとわかってたからなんですか?」

「そう。
 無駄足を踏むだろうと思ってな」

「でも、芸能人が現れるお化け屋敷なんて、ある意味、都市伝説なのでは……?」

 さっきのお化け屋敷の人もそう言ってましたよ、と言ったのだが。

「いや、なんか身内の都市伝説って全然、都市伝説な感じがしないだろ」

「それを言うなら、トイレの花子さんの親戚とか。
 疾走するさっちゃんの親戚とかも都市伝説な感じがしないという話になるじゃないですか」

「花子さんとさっちゃんの親戚、何処にいるんだよ……」

 いやまあ、そうなんですが……と思いながら、乃ノ子は今日も黒いスーツ姿のイチを見た。

 黒のスーツはイチの男にしては白い肌がよく映えるが。

 暑くないのだろうかな、と乃ノ子は思う。 

 イチはいつもひとりだけ別世界にいるかのように涼しげだ。

 なんのアトラクションに乗ろうかと眺めているらしいイチを見つめていると、イチが振り返り、訊いてきた。

「どうした、乃ノ子」

「いえ。
 イチさん、いつも涼しそうだなと思って」

「俺はいつも冷えてるからな」

 イチは乃ノ子の手を握ってきた。

 確かにひんやりしているっ。

 いや、それ以前にイチさんに手を握られているっ。

 乃ノ子は慌てて逃げたが、イチはなにも気にせず、笑っている。

 イチさんにとっては、こんな小娘、女のうちには入らないんだろうな、と思う。

 ……でも。

 今、イチさんに触れられたときの冷たさ。
 確かに異様だったな。

 暑いのに、イチの周りだけ、空気が少し違う気がした。

「おい、乃ノ子。
 あれ乗ろう、あれ」

 イチは空中で大きな船が揺れている乗り物を指差す。

「あ、あれは嫌ですっ。
 もっと平和なのっ、もっと平和なのをお願いします~っ」

 イチに引きずっていかれないよう、踏ん張りながら乃ノ子は叫んだ。



「それで結局遊んで帰ってきたの?
 なにやってんのー」

 次の日の夕方、乃ノ子は自動販売機の前で友だちに笑われた。

「いや、どっちみち、都市伝説なにもなかったしさ」

「あったじゃん。
 都市伝説『アイドルが現れるお化け屋敷』

 いいな~。
 私も行きたいな~」
と友だちは言う。

「せっかくジュンペイに会ったんだからさ。
 訊いてみればよかったのに、いろいろと」

「なにを?
 都市伝説のこと?」

「……都市伝説かどうかは知らないけど。
 ずっと誰かに訊きたいと思ってたこと、あるんじゃない?」

 そう言った友だちは、いつものように夕暮れの光の中、少し笑って言ってきた。

 乃ノ子が答えないでいると、友だちは言う。

「じゃあ、乃ノ子。
 私からもひとつ教えてあげるよ、都市伝説――。

 これ……、友だちに聞いたんじゃないの。

 夕方5時ごろ、救急車の赤い光を学校近くの交差点で見ると、知らない間に悲鳴を上げちゃうんだって」

 いや、今、友だちに聞いたんじゃないって言ってなかったか?

 何故、伝聞口調……。

 都市伝説というのは、ほぼすべて、

『友だちの友だちに聞いたんだけど』
ではじまり、

『~なんだって』
で終わる。

 だから、つい、友だちから聞いたわけではない、と言いながらも、『~だって』で終わってしまったのだろうか。

 そんなことを思いながら、乃ノ子は黙って友だちの顔を見ていた。




 名前も知らない、その友だちの――。




 その夜、乃ノ子は夢を見た。

 ミラーハウスにひとり立つ自分。

 乃ノ子は、たくさんの自分に囲まれていたが。

 真後ろに立っているのは、自分ではなかった。

 小さな男の子だった。

 子どもらしからぬわった目で、彼は乃ノ子を見ている。


『乃ノ子――』


 何処かで聞いたその声で、彼は乃ノ子の名を呼んだ。






                                     『ホンモノの出るお化け屋敷』完




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