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見知らぬ町と迷わし神

言霊駅の伝言板

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「迷わし神ねえ。
 そんなの遅刻したときの言い訳じゃないのか?」

 友だちに聞いた迷わし神の話を早速、イチにメッセージを入れてみたが。

 イチはそっけなく、そんなことを言ってくる。

「情緒ないですねー、イチさん」
と乃ノ子が入れると、

「まあ、俺にとっては、お前こそが迷わし神だがな、暗黒の乃ノ子」
と入ってきた。

 なんですか、それ。

「すねこすりが消えたから、じゃあな」
とよくわからないことを言って、イチからのメッセージは途絶えた。



 
 夜、乃ノ子はベッドに入り、

 すねこすりか……。

 夜道で足許にすりすりしてくる妖怪だよな。

 どんなのかなーと考える。

 そのせいか、寝返りを打って、足にシーツが触れるたび、

 はっ、すねこすりッ、と寝ぼけた頭で思ってしまった。

 そんな感じで寝苦しい夜。

 乃ノ子は、

 あ、友だちに聞いた『見知らぬ町』の話をイチさんにしそびれた、
とウトウトしながら思っていた。

 そのせいなのか、どうなのか。

 夢の中で、乃ノ子はあの見知らぬ町の駅舎にいた。

 改札口の近くにある伝言板を乃ノ子は見上げている。

 駅の伝言板は携帯などのない時代、待ち合わせのときに使われていたらしい。

 自分では商店街を確認してみようと思っているのに。

 身体は、なにかを待つように、じっと伝言板を見ていて、そこから動けない。

 なんだろう。

 なんで自由に動けないんだろう。

 自分で自分の行動が制御できない。

 台本のある映画かなにかみたいに。

 まるで、決められたストーリーをなぞっているかのようだ。

 この私はほんとうに私?

 この私は誰……?

 そう思ったところで目が覚めた。



 朝起きた乃ノ子は、イチに見知らぬ町の話をしようとしてやめた。

 何故だかわからないが、なんとなく――。

 少し早めに家を出て、行く必要のない駅へと向かう。

 駅の伝言板って今もあるのかな……。

 いつかニュースで何処かの駅から撤去されたとか言ってたから、言霊町の駅にもないのかも、と思ったが。

 改札の近くとかではなく、トイレに行く途中の壁、目立たない場所にそれはまだあった。

 そして、しっかり、学生さんらしき人たちからの待ち合わせのメッセージなども残っていた。

 それを見ていたら、なにか思い出せそうな気がしていたのだが、思い出せず、ぼんやり見上げていると、

「なにしてんの、乃ノ子ちゃん」
と声がした。

 振り返ると、見覚えのある芸能人様が眼鏡にキャップというで立ちで立っていた。

「ジュ……」

 ジュンペイさんっ、と言いかけ、乃ノ子は黙ったが、ジュンペイは、

「ジュンでいいよ。
 偽名」
と言いながら腕組みして、伝言板の黒板を見る。

 いや、あんまり偽名になってないと思いますが……、と思いながら乃ノ子が見ると、ジュンペイの手には革の定期入れがあった。

 芸能人様、定期ですか……と乃ノ子が思ったとき。

 ジュンペイはこちらを振り返り、きらきらしいアイドルフェイスで、にこっ、と笑い言ってきた。

「僕はジュンペイにちょっと似た大学生のジュン。
 ――という設定になってるんだ、此処では」

 ふと気づくと、女子高生たちが改札辺りからこちらを窺い、
「ジュン様~」
と小声で言いながら、手を振っている。

 ジュンペイは笑顔で振り返していた。

「……お化け屋敷より、都市伝説になりそうな状況ですね」

 っていうか、ジュンペイでなくとも、ジュンと話しているだけで、女の子たちに睨まれそうで怖い、と乃ノ子は怯える。

「大丈夫。
 ジュンペイに似てる大学生が駅によく出没してるって言っちゃ駄目だよって口止めしてるから」

「ジュンペイさんって言霊町に住んでらっしゃるんですか?」

 そう乃ノ子が訊くと、

「そうだよ。
 ……僕は此処からは離れられないから」
とジュンペイは笑って呟く。

 なんか怖いんですけど……。

「で?
 なに見てたの? 乃ノ子ちゃん」

 ジュンペイは先程の乃ノ子の視線を追うように伝言板を見て訊いてくる。

「いえ。
 ちょっと気になったものですから、この伝言板」

「……そうだね。
 なにかメッセージがあるかもしれないよね」

 なにかって、なにが?

 っていうか、誰から?
と乃ノ子が思っていると、伝言板を見たままジュンペイは言ってきた。

「メッセージっていえばさ。

 僕この間、二つの銀行口座のATMから、
『お引き出し限度額を超えています』
 って、メッセージをもらったよ。

 どんなホラーより怖いよね」

 そんなしょうもない話をしながらジュンペイが見ている伝言板の枠線が、ぐっと歪んだ気がした。

「あ、じゃあ」
といきなりジュンペイはいなくなる。

 ジュン様~っ、という女子高生たちに迎えられながら、改札をくぐり行ってしまう。

 似ている……。

 ああいうマイペースなとこ、イチさんと。

 やはり兄弟?
と思いながら、乃ノ子が伝言板に向き直ると、いきなり、チョークで書かれた文字が現れていた。

 誰も書きに来た気配もないのに。

 そこには乱雑な文字で、

『漆黒の乃ノ子。
 右へ曲がって、山への道を行け』
と書いてあった――。



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