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言霊町新聞

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「あれ? ないね」

「五年前までのはまとめてあるけど、それで全部ねえ」
と職員のおばさんが教えてくれた。

 乃ノ子たちはコミュニティセンターのど真ん中。
 トイレの前にある大きなテーブルで、言霊町新聞を見ていた。

 全員で手分けして探したが、何処を見ても、紀代の言うような記事はない。

「でもさ、確かに見たのよ。
 おばあちゃんちで小芋むくの手伝うとき、下に敷いてた言霊町新聞で」

「……待って。
 それ、ずいぶん前のじゃないの?」

 変色してなかった? と訊く乃ノ子の横で、
「やだーっ。
 私、やっぱり死んでるんじゃないっ?」
と友だちが恐怖のあまり叫び出す。

 これで死んでたら、二度死ぬようなもんだな、と思いながら乃ノ子は聞いていた。

 実際に死んだときと、今、生きていると思ったのに、やっぱり死んでました、となったとき。

「そうだ。
 先生に会いに行けばいいじゃん」
と乃ノ子は言った。

「嫌よ、そんないきなり」

「じゃ、先生が新聞持ってるかもしれないから、見せてもらう」

 同じことでしょうがっ、と友だちがわめく。

「いいよ。
 私が行ってくるよ」
と乃ノ子がすぐさま行こうとすると、友だちが腕を引っ張り止めてきた。

「だから、それも同じことだよっ。
 乃ノ子、私にしゃべるでしょうっ?

 生きてたとしても、これ、仮の姿なんじゃないのっ?

 元に戻ったら、すごい年だったらどうすんのっ」

 私の青春を返してっ、と友だちは悲鳴を上げる。

 だが、風香が、
「いや……あのフルートの先生若いですよ」
と苦笑いして言ってきた。

「しかも、何年か前に、ご主人の仕事の関係でこちらに引っ越して来られて、教室を開かれたって聞いた気がします」

「じゃ、じゃあ、そんな前じゃないよね?」
 友だちが救いを求めるように、風香に訊いている。

 その横で、乃ノ子はスマホをいじっていた。

 やがて、プップップップッ……という、電話を呼び出す前の音を聞きつけて、友だちが振り返った。

「あんた、何処かけてんのーっ」

「フルートの先生のとこ」

 言霊町、フルート教室で検索をかけたのだ。

 フルート教室なんて、そんなに数はないだろうと思ったら、案の定、この町にはひとつしかなかった。

「乃ノ子っ。
 私の怖気付おじけづく気持ち、わかってくれてたんじゃなかったのっ?」

「一度踏み込んでしまったら、さっさとトドメ刺してくれた方が楽かなと思うから」

 そう言う自分を何故かイチがじっと見つめていた。

 止めようとする友だちの手をかいくぐりながら、乃ノ子は電話に出てくれた可愛らしい声の先生としゃべった。

「すみません。
 ちょっとお訊きしたいんですが。

 数年前、そちらの生徒さんがフルートのコンクールで賞をとられてましたよね?

 お名前、なんでしたっけ?

 いえ、さっきすれちがって、何処かで見た顔だなーと思って。

 私、サックスをやってまして。

 はい。
 違う楽器なんですけど。

 同じ教室に大きな大会に出た人がいなくて、少しお話をうかがったりしてみたいかなって」

 はい、はい、と乃ノ子はメモを取る。

「あ、じゃあ、今から伺います」

 伺わないで~っ、と後ろで友だちが叫んでいた。


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