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「ふっかつのじゅもん」
前世のお前は何者だっ
しおりを挟む「イチさん、イチさん」
事務所のソファでうたた寝をしていたイチは誰かの呼びかけで目を覚ました。
ソファの背の方から自分の顔を覗き込んでいたのは、美女ではなく、乃ノ子でもなく、ゴミ出しサラリーマンこと、後藤祐治だった。
美女でなく、乃ノ子でもないとか思ったら、自分は美女ではないのかと乃ノ子に文句を言われそうだな、と思いながら、イチは起き上がる。
ま、乃ノ子も顔は綺麗なんだが。
美女と呼ぶには相変わらず、色気が足りない……と思ったとき、後藤が心配そうに言ってきた。
「イチさん、玄関開けっ放し怖いですよ」
「この街じゃ、鍵かけても逆に意味ないだろ。
うちの鍵なんて、数秒かからずに開けられる連中ばかりだ」
いや、そりゃそうなんですけどね、と眉をひそめた後藤が言ってくる。
「そんな風にイチさんが無防備に寝てると、寝首をかきたくなるんですよね~」
……お前は俺の前世のなんだ、と思っていると、
「ところで、なんの用なんです?」
と後藤は訊いてきた。
ちょっと頼みごとがある、と言ったので、仕事の合間に寄ってくれたらしい。
イチは後藤に向かい、透明なビニール袋に入ったゲームカセットを投げた。
「これ、直せるか?」
後藤は、その黒いカセットを眺め、笑って言う。
「やあ、懐かしいですね。
こういうの、うちの田舎にありましたよ」
細い切れ長の目に銀縁のメガネをかけた後藤は、近くで見ても、やり手のサラリーマンにしか見えない。
「うち、リサイクルショップも持ってるんで、ちょっと見せてみましょう。
こういうの得意なやつ、いるんですよ」
「すまない。
かかった金額は言ってくれ。
礼もするから」
「いやいや、いいですよ。
いつもお世話になってるんで」
と言いながら、後藤は手入れのいいレザーのビジネスバッグにそれをしまう。
世話なんかしたっけな?
どっちかと言うと、世話になりっ放しのような……と思ったが、後藤は口許だけで笑い、
「ゲームの世界で」
と言って出ていった。
……なるほど。
後藤とは幾つかのゲームでチームを組んでいる。
マスターにもだが、意外にゲームの世界でのことで感謝されるよな。
まあ、ゲームやってんのも、現実にいる自分だから、あれも現実世界のできごとと言えなくもないか。
そうイチは思った。
「すごいっ。
初めてのコンティニューですよっ」
とゲームの世界で乃ノ子が叫んでいた。
今夜も、あのヤクザを殺りながら進む危険なゲームの世界にいた。
「『You Died』で終わらなかったからな」
と言いながら、イチが欠伸をすると、
「どうしたんですか?」
と乃ノ子が訊いてくる。
「いや、この世界はずいぶん現実に近い位置にあるようだ。
此処で起きてると日中眠くて」
ええっ?
すみませんっ、と乃ノ子が申し訳なさそうに謝ってきた。
……また違和感だ、と乃ノ子を見下ろし、イチは思う。
この前の生でも、その前でも。
もう長い間、こんなマヌケで愉快な乃ノ子しか見ていない気がするのに。
自分の心はいつも、最初の乃ノ子に戻っていってしまう。
あの――
自分を見下すように見ていた美しき女神様。
……の欠片も残っていない、乃ノ子。
思わず笑ってしまい、なんなんですか、という目で見られた。
でも、きっと、あの彼女の中にも、この乃ノ子はいた。
あの時代がもしも平和だったら、きっと彼女も、こんな風な人間だったのだろう、とイチは思う。
……信じがたいが、同一人物のようだからな、と乃ノ子を見下ろした。
どんなときでも緊張感がないから、ぼうっとした顔に見えるようだが。
どんなときでも――。
こんな危険と背中合わせのところでも、まったく緊張感がないこと自体が、乃ノ子が彼女である証拠のような気もする。
肝が太いところは変わっていないようだ、と思いながら、イチは言った。
「お前は眠くないか」
はいっ、と乃ノ子は笑顔で言ってくる。
乃ノ子は確かにこの現代に生きているが。
自分は生きているのか死んでいるのか、よくわからない存在だから。
だから、こういう仮想現実の世界でも、実際に起きているのと変わらない感じになってしまうのだろう。
「待てよ」
とイチは足を止める。
「この世界で殺されたら、俺、死なないか?」
あ、と乃ノ子が上を指差した。
「上からヤクザ」
ビルの五階辺りからナイフを持ったヤクザがイチの上に飛び降りてくるところだった。
「どんな街だっ」
と叫びながら、イチは乃ノ子の手を引き、走る。
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