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「ふっかつのじゅもん」

子ギツネが現れました

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「どうしたらいいんだ。
 目を覚まさないじゃないか」

「疲れてるんですかね? 我々は」

 用事は済んだのに目が覚めないので、襲いかかる荒くれ者たちをなぎ倒しながら、乃ノ子は武将なイチとすさんだ街を歩いていた。

 すると、路地のポリバケツのところから、淡い茶系でふわふわの毛の猫が飛び出してきた。

 すねこすりに触れぬのなら、せめて、この子にっ、と乃ノ子は不審者のように近づいたが。

 乃ノ子の勢いに驚いたように、猫は、ニャッと逃げる。

「なにやってんだ」
とイチに言われながら、乃ノ子はポリバケツを倒して逃げる猫を追う。

 触れるか? と思った瞬間、手がスカッとまたくうを切った。

「……行くぞ、乃ノ子」

 倒れたポリバケツの前にしゃがんでいた乃ノ子はちょっと遅れて立ち上がる。

 そのとき、電話の呼び出し音が聞こえて、目が覚めた。



 電話は後藤からの礼の電話だった。

 赤い甲冑を着たイチと可愛い女子高生に助けられたと舎弟の蓮川はすかわという男が戻ってきて言ったというのだ。

「なんだかわからないけど、ありがとうございます」
と後藤は言ったらしい。

 なんだかわからないのは、我々もだ、と乃ノ子は思っていた。

 いろいろ思い返しながら、夜寝る前、乃ノ子はベッドに転がり、スマホゲームなどやっていた。

 昼間寝てしまったので、眠れなかったからだ。

「もう寝たら、ののこ」
と子ギツネに言われ、ようやく目を閉じる。



 夢の中、乃ノ子はログハウスの中に立っていた。

 可愛いキツネがゲームそのままに目の前にいる。

 昼間、猫を撫でそびれたので、キツネくんを撫でさせてもらおう、としゃがんだとき、子ギツネが言った。

「もう寝たら? ののか」

 ……今、なんて?

 聞き間違い?

「今度さ、見せたいものがあるんだよ、ののこに」
と子ギツネが言ってきた。

 やっぱり、聞き違いかな? と思いながら、乃ノ子は、

「あ、そ、そうなの?」
と言う。

「うん。
 楽しみにしててね」
と子ギツネに笑いかけられ、

「……ありがとう。
 ちょっと畑、見てくるね」
と乃ノ子はログハウスから出た。

 現実では、農作業どころか、庭の土いじりさえしないのに。

 この世界の畑のことは気になった。

 ゲームを進めるのに、必要なアイテムだからだ。

 ログハウスの扉を開けると、そこは、あの田んぼの畦道あぜみちだった。

 道沿いには色とりどりの風車。

 そして、今日は真っ赤な彼岸花も混ざって咲いている。

 道の向こうにある山を見ながら、乃ノ子は呟いた。

「なんで何度も見るんだろ、この光景。
 やっぱり、昔、何処かで見たのかな」

 そのまま歩いていると、山に入ったはずが、電車に乗っていて。

 さすが夢、と思っているうちに、あの洞穴に着いていた。

 目の前にあの黒い棺がある。

 ……今日の私は、賢さが上がっている。

 とゲーム仕様の頭のまま、乃ノ子は思う。

 開く前に逃げるんだっ、と思ったが、賢さは上がっても、素早さが上がっていなかったらしく、逃げる前に、また勝手に蓋が跳ね上がってしまった。

 それも、今回はかなり勢いよく。

 ひっ、と乃ノ子は飛んで逃げる。

 襲い来る蓋っ! ホラーッ!
と思いながら、起き上がってくる自分の姿を想像し、覚悟したが、なにも起き上がってはこなかった。

 そのまま逃げればいいのに、つい、棺の中を覗き込んでしまう。

 赤いものが視界に入ったからだ。

 棺の中で眠っていたのは、赤い甲冑を着たイチだった。

「イチさんっ!?」

 乃ノ子はイチの側に駆け寄り、膝をついた。

 甲冑の胸に耳を当て、その鼓動を確かめようとする。

 か、甲冑の上からわかるのだろうかっ?
と慌てながらも思ったとき、目が覚めた。



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